裏次元の一日

マンガ・アニメを研究したり分析したり考察したりしてなかったり。

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負の暗示

Category:山岸凉子

負の暗示
1991年

パイド・パイパー(ユーコミックスデラックス)』(集英社)
神かくし(秋田文庫)』(秋田書店)
山岸凉子スペシャルセレクション〈5〉天人唐草』(潮出版社)
に収録。



この僕が並以下… 澄子も僕が丙種なのでばかにしている
澄子…みゆき 女にここまでバカにされていいのか
たかが女に その女に…この僕が…


昭和13年。一人の男が一晩のうちに村の住民たちを30人惨殺するという陰惨な事件を起こした。
そのまま自殺した犯人は、これといって極悪人でも精神異常でもない平凡な22歳の青年・土井春雄だった。
彼はなぜこのような事件を起こすに至ったのか…。


昭和13年に実際に起きた日本史上前代未聞の大量殺人事件・津山三十人殺しが元になってます。『八つ墓村』の元ネタにもなった事件です。(ちなみにこの事件、調べていくと、当時の田舎村のフリーセックスっぷりと「寺井」性の多さに困惑すること間違いなしである)

斧、刀、銃などを使い、祖母を皮切りに1時間半で30人を殺害。犯人の春雄(都井睦雄)は、どのような人物だったのか。どういった環境で育ったのか…。
犯罪心理とか好きなので面白かったです! 山岸先生の社会系マンガの中でもかなりの大作ではないでしょうか。

子供の頃は優等生だった春雄…。でもお金がなくて進学できなかったり、畑仕事がたるくてさぼったり、コツコツ勉強できなくなったり、いつの間にかニートだったり、肺病を嫌われたり、女と遊んで現実逃避してみたり、ちょっとしたことが春雄を破滅へと導いていった…。
この「小さい頃はできた子だったのに…」って人はいつの時代にもいるんですねぇ…。

祖母に溺愛され 優しい姉にかしづかれて
春雄はいつのまにか 世の中は自分を中心に回っているという感が強くなっていた
この 何事につけても自分が1番であるべきと思う全能感は
傷つけられた時 ひどく不安なものに変貌する
しかし 本来 この子供っぽい全能感は 成長の過程で打ち破られていくものなのである


しかし、春雄は奇跡的に(?)全能感を打ち破られないまま大人になってしまった! これが本当は春雄にとっての一番の不幸じゃないだろうか。少なくとも私はそう思います。これおばあちゃんにも責任だいぶあるよね…。
そんな「僕が一番偉い」という増長しきったプライドを持った春雄にも、現実は容赦なく襲いかかります。いつの間にかさっぱりついて行けなくなった勉強。畑仕事しないから男たちから仲間はずれ。手当たり次第に女に手を出し嫌われ。そしてとどめは徴兵検査の結果が「丙種」。軍国主義まっしぐらのこの時代でこのレッテルは、春雄を村八分にするのに充分な理由でした。

「優秀な男であるはずの僕」は村の男からも女からも忌み嫌われ、肉体関係のあったみゆきにもこっぴどく振られ「隆のほうがヨかった」とか言われてしまい、初恋の人妻・澄子さんにも「これくらい言わないとわかんないんだから」と同じくこっぴどく捨てられてしまいます。(春雄は何でも自分の都合の良いように取るため、過去に澄子が無言の愛想尽かしをしても気づかなかった)

本来 甲種でもおかしくない優秀な人間であるこの僕が こんなにも虚仮にされて…!
それに丙種は僕の責任じゃない そうとも すべて 僕の責任じゃない
いつも周りの人間が僕を悪い方へ悪い方へと導いてゆく…あいつら女共
あいつらに思い知らせてやる その土井春雄が一角の男だったということを
あいつらに嫌というほど思い知らせてやる


そんで春雄は神戸まで殺戮用武器を買いに行くんですけど…。うーん春雄、そのまま村を出て広い世界で暮らしていたら再スタートできてたかもよ? 何となく、春雄は閉鎖的な村から出てった方がうまくいくような気がするよ?
昔の人ってあまり生まれ育った村から引っ越したりしないのかな。ていうか、春雄がもうこの時、全員ぶっ殺す>>>人生をやり直すになってたからだめか…。

春雄が女との現実逃避にのめり込むきっかけとなった年上の人妻・澄子さん。これが決して性格の良い人ではないのですが、常に自分の利益だけを考えて生きる澄子さんは、なぜか見ていて妙に小気味良いというか、事件の寸前に「沈む船からいち早く逃げる鼠のように」京都へ引っ越す要領の良さとか、悪女っぽくていいかんじ…。
あと春雄が2番目に恨んでたみゆきも逃げおおせて軽症で済むという悪運の強さだし…。この二人、やな女なんですけど、実はけっこう嫌いじゃないです。山岸先生が描くと『月読』の天照さんみたいな、悪くてずるくて強い、妙な魅力を感じる。
この二人を逃がしたのは本物の春雄(睦雄)も遺書で悔しがってます。「うつべきをうたずうたいでもよいものをうった」

突入前の春雄の目 が 怖 い 。
ていうか…ぶっ殺しても「一角の男」だと思い知らせたことにはならない…よね? 春雄くん?
そして深夜。村中の電気を停電させた春雄。あとはただ、阿鼻叫喚地獄。春雄が「祟りじゃー!」でおなじみの例の格好で恨みのある村人を殺しまくりまーす…。何これホラー映画じゃないか…。
有名なエピソードである「おまえは僕の悪口を言わなかったから撃たない」「あっちゃんちはここか。紙と鉛筆を借してくれ」のシーンも出てきて、本当に春雄は自分の基準のみで生きているなぁ。
春雄も可哀想なとこあったけど、自分大好き人間に危害を加えられる側としては、迷惑以外の何物でもありません。
事件的には秋葉原の事件なんかも同質のものと言われていますね。なるべく多くの他人を巻き込んで死にたいという…。今も昔も変わらぬ人間の心理ですな。
「真に恐ろしいのは、弱さを攻撃に変えた人間」by荒木飛呂彦。

~以下、思い出話~
春雄は私が子供の頃、近所に住んでた男の子・ハルオ(仮)にすごい似てるんです。当時ハルオが中学生、私が小学校低学年かな?
もう、性格はマジで春雄。「僕が一番偉い思考」「急に変なことでキレる」「言うことはでかいけど行動しない」「都合いい病弱アピール」など、春雄にそっくりでした。
育った環境も似ていて、過保護な親から溺愛されてて、おこづかいを何万円ももらってて(家は春雄と違って近所でも有名なお金持ちだった)、大人でも買えないようなブランド品を持ってて、周りの子たちから羨ましがられて…。
でもその反面、金品を渡して他の子(主に年下)を家来のように扱ったり、ちょっと否定されると人が変わったように激怒することが目立つ子でもありました。
引っ越しちゃったからあまり覚えてないけど、確か途中からハルオは周囲から孤立していってたよなー…。子供たちの親が「あの子から金や物を受け取るな」と叱ったのもあるし、取り巻きの子供たちも育つにつれ、ハルオの人格とか金遣いを恐れはじめて。
彼は今どうしてるんだろう…。だいぶ後に聞いた噂では、大人になってもあの性格は治らず、芸術家か何かを目指して美大?に落ちて以来、精神に異常をきたして入院したって聞いたのが最後だなぁ…。
今思うと、ハルオは自己愛性人格障害だったのかなーって思います。春雄も自己愛だったんじゃないかなー。どうも事件を調べてみるとそんな感じが。祖母の育て方が明らかに自己愛養成プログラムだし…。
私は『負の暗示』を読むたびにハルオのことを思い出します。春雄も、ハルオも、もっと早い段階で挫折を知るべきだったのではないでしょうか。生まれてから一度も折れることなく育ってしまった増長した自尊心とは、あんなに人の人格をねじ曲げてしまうものなんですね。
最近、日本は特に自己愛が増えてるとか。なんでだか知んないけど、もうこれ以上あの手の自分大好き人間と関わりたくありません本当に勘弁してください。(←なんか他にも春雄じみた人間に嫌な目に遭わされてきたらしい)(自己愛ってみんな性格同じなの何で…?)

しかし、子供を育てるのって本当に大変だよなぁと、しみじみ思います。親御さんだって、ちょっとやり方がまずかったとはいえ、息子可愛さに金を与えただけだし、彼だって欲しい物なんでも手に入って威張れて良い気分で子供時代を過ごしたろうに、それだけじゃだめなんだなぁ…。それだけじゃ歪んでしまうんだなぁ人間は…。本当に人間を育てるのは難しいなぁ…。(´-ω-`)
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天人唐草

Category:山岸凉子

天人唐草
1979年

天人唐草(サンコミックス)』(朝日ソノラマ)
狐女・天人唐草』(小学館)
山岸凉子作品集〈10〉傑作集4 夏の寓話』(白泉社)
山岸凉子全集〈26〉天人唐草(あすかコミックス・スペシャル)』(角川書店)
自選作品集 天人唐草(文春文庫ビジュアル版)』(文藝春秋)
山岸凉子スペシャルセレクション〈5〉天人唐草』(潮出版社)
に収録。



「ぎえ──っ!」「ぎえ──っ!」

頑固で古風な父と貞淑な母を持つ岡村響子は、子供の頃から「慎みのある素晴らしい女性」になるように厳しくしつけられた。
特に、誇りに思う父の指示は響子にとって絶対だった。父の希望に応えようと精一杯務める響子だったが、父の言うことを聞けば聞くほど響子は、失敗を極度に恐れる自主性のない人間になっていった。


響子:主人公。他人の評価を異常に気にする気弱な女。自虐的。
青柳:会社の1個上の先輩。響子とは対称的な強気で色っぽいギャル。
新井:大卒のイケメンエリート。響子&青柳の憧れの的。
佐藤:中卒のチャラ男。ヘラヘラしているが能力は高い。

山岸凉子ファンでない人も語ることが多い傑作トラウマ短編です。
娘を「慎み深い、でしゃばらない女性」にしたい古武士のような父親の言うことを真に受けた結果、人生を狂わされた響子の物語。
子供の育て方に正解なんてない。でも、響子の両親の子育てだけは絶対間違ってる!と言い切れる…!
厳しいしつけ(お客様にきちんとご挨拶なさい、など)→響子ちょびっと失敗する→親フォローなしor叱責→響子二度とやり直せずどんどん自信失う…。
わあ、「褒める子育て」ってほんと大事なんだね!

失敗は恥ずかしいことではないと だれも教えてくれはしなかった
失敗をおそれる彼女は もう一度やりなおすということができない子どもになっていた


高校生の響子が隣の席の男子との教科書の貸し借りに失敗して以来、「無関心を装う」道を選んでしまうところ、すごくリアルです。私もそんなだったなー。

会社に勤めだした響子は、エリートで男らしい新井に憧れるが、「女としてのつつましさ」という大義名分に隠れて特に何もしない。一方、イケイケギャルの青柳さんはどんどん新井にアタックしていくのだった。
ある日、会社のおじさんたちに「お茶がちょっとぬるい」と言われ、さらに「叱責に敏感すぎてやりにくい」という陰口を聞いてしまった響子は泣いて帰る。そこに偶然佐藤が通りかかる。

「あんたさあ みえっぱりだよなあ」
「み…みえっぱり!? あ…あたしのどこが!!
あたし みえっぱりな女にはなるまいと心がけて来たはずです!
あなたみたいな人に何がわかるの!
ううん…だれもだれも あたしのことなんかわかってくれない
お…お茶ひとつ満足にいれられない女だって…
だけどあたしは一生懸命やってる! 一生懸命……! だけどだけど うまくやれない!
そこらへんのこんな小さな子どもにでも 簡単にできることがあたしにはできない!
その苦しみが あなたなんかにわかってたまるもんですか!」


「だ…だからさ ぼくがいったことはそれなんだよ
うまくやれないってことが なんでそんなに大変なことなんだい?
『なんでもうまくやれるすばらしい女だ!』と あんた言われたいんだよね だれかに…
『だれかにそう見てもらいたい』それが“みえ”なんだよ
他人の目を…他人の評価を気にし過ぎるんだよ」


佐藤さんはいい人だなあ…。佐藤さんとか調子麻呂とか井氷鹿とか、山岸作品の糸目男キャラは好きなキャラが多いです。まあ個人的に一番いい男はシビなんですけども(青青の)。

この作品の何が切ないかって、響子は社会に出てから何度か、自分を変えるチャンスがあったんですよ! 佐藤さんという「救済役」だっていた。なのに「理想の男性像からかけ離れてる」という理由で効果半減…。
他の作品だとこういう時、主人公はハッとなって、少しずつ変わっていくじゃないですか。この作品にはそれがない。珍しく救済失敗してるお話なんですね。もー。響子の男性観がおかしいからこういうことに。

ある日、響子の父が愛人宅で急死する。初めて見る父の愛人は、派手で下品で色っぽいおばちゃん。父が響子に「こうあってはいけない」と言い続けた女性そのものだった。
娘には勝手な理想像を押しつけ続けたくせに、自分が男として求めたのはその正反対のものだった…という強烈なオチで終わるのかと思いきや、傷心の響子は帰り道で変質者に襲われ、とうとう発狂します。山岸先生はいつも容赦ないです。

冒頭につながる最後のシーン…。フリッフリのドレスに身を包み、髪を金色に染め、「ぎえーっ」と奇声を発する響子の姿。あーあ。
最後の響子の「髪を金髪にする」ってのは、現代だとそうでもないけど、髪を染めるのがまだテレビの中の芸能人だけだった時代だということも考えて見ると響子がいかに向こうの世界に行っちゃったのかがわかりやすいです。

タイトルの「天人唐草」は、イヌフグリ(犬の睾丸の意)という花の名前を口にした響子が下ネタ嫌いの父に激怒されて以来その名前を封印し「天人唐草」という綺麗な呼び名の方を使うようになったというエピソードから。鬱。

そういえば、久世番子の被服マンガ『神は細部に宿るのよ』に
パーティードレスがさり気なく「天人唐草」な人が出てきて面白かったです。

牧神の午後

Category:山岸凉子

牧神の午後
1989年

牧神の午後』(朝日ソノラマ)
青青の時代〈4〉(希望コミックス)』(潮出版社)
牧神の午後(MFコミックス)』(メディアファクトリー)
に収録。



翼を持った者には腕がない!
腕がある者には翼がない
それがこの地上の鉄則なのだ


1909年。ロシアバレエ団の新人、ヴァーツラフ・ニジンスキーは「アルミーダの館」で衝撃的なデビューを果たし、その異常なまでの才能で人々を驚かせ続けた。
しかしバレエマスター、ミハイル・フォーキンだけは、ニジンスキーの天才性の裏にある「社会にまるで適応できない」という重大な欠点に気づく。


伝説の天才バレエダンサー・ニジンスキーのお話。ミハイル・フォーキンの視点で描かれています。
上昇し続けて見えるあり得ない跳躍! 事故と間違うほどの拍手の音! 吠えるような歓声! 感動を通り越して動揺しはじめる観客! すごいなニジンスキー!

顔が変わった!?
姿が…フンイキが変わる!?
変身!? いや…! あれは そんな なまやさしいものじゃない
あれは… あれは まさしく憑依だ!


フォーキンは「憑依状態」(←バレエマンガにあるまじき単語出ました)のワッツァから金色のオーラが出ているのに気づきます。ワッツァは人間を超えた何かなのかも知れない。ワッツァの才能に驚きながらも、その反面、社交性が一切なく日常を生きていくことすら困難なワッツァの「影」にも気づきはじめます。

「ワッツァ 4メートル半も跳ぶなんて…よほど勢いでもつけているのか?」

「別に勢いなんか… 跳べるような気がしたから

フォーキンは「曲がるような気がするんだもん」という理由でスプーンをクニャクニャ曲げて見せた知人の息子とワッツァをダブらせます。子供のように既成の事実にとらわれずに「できる」と信じていられることが彼の力の源なのか。しかし、事実にとらわれないということは現実を習得できないことと同じ。ワッツァが世間の中で摩耗してしまうのではないかと危惧するフォーキン。
この作品ではニジンスキーの驚異的な才能を「一種の超能力」という観点から見てて面白いです。HUNTER×HUNTERで軍戯の天才少女・コムギちゃんが念のオーラ出せるみたいなかんじ? あの娘も軍戯以外何もできない子だったなあ…。
「翼はあるが腕を持たない」という比喩が上手い。実際、ある分野で天才と呼ばれる人たちって私生活はメチャクチャだったり人格破綻してたりしますもんね…。ワッツァみたいに「社会に適合できない」とかだったらまだいいですけど、家庭内暴力とかだとその人の仕事も嫌いになってしまう(井上ひさし嫌いになりました…)。

その後、ワッツァは普通の男としての幸せを追い求めて女性と結婚したら、パトロンで同性愛の関係だったセリョージャから恨まれて迫害され、ついには発狂してしまいます。すごい天才らしい生涯。(←不謹慎)
この物語ではフォーキンさんがワッツァの異能も欠点も気づいてくれてるから、フォーキン助けたれよ!と言いたくなってしまいますが、しょうがない。フォーキンはロシアバレエ団からいなくなるし、ニジンスキーの運命は決まってますからね…。

超能力にまで喩えられるニジンスキーの踊りを一度見てみたいなー。踊ってる時の映像が一切ないことがニジンスキーの伝説に一役買ってますよね。わかってるのに「空中で静止したかのような跳躍!」とか言われるとついYouTube検索してしまいます。ないっつーの。

グリーン・フーズ

Category:山岸凉子

グリーン・フーズ
1987年

パエトーン(あすかコミックス)』(角川書店)
山岸凉子スペシャルセレクション〈9〉鬼子母神』(潮出版社)
に収録。



「僕がピアノを弾くよ
マーシャは隣で僕の作曲した歌をうたうんだ
ねえチャック この兄妹愛は絶対うけると思うよ
マーシャ きみのような妹がいて 僕は本当に嬉しいよ」


気の弱いマーシャの兄・トビーは歌も歌える子役。一世を風靡していたトビーだったが、声変わりし、体が成長してしまったことで仕事がなくなる。
逆に歌の才能を見出されたマーシャはトビーと兄妹デュオを組むことになるが…。


ブラコン・不美人・気が弱いと三拍子揃ったマーシャは、有名な子役である兄を心から崇拝し、学校にも行かず毎日テレビで兄の姿を探していました。しかしトビーが子役として駄目になった頃、それを補うかのようにマーシャの歌の才能が開花します。
こうやって書くと普通に兄妹デュオのサクセスストーリーっぽいのですが(実際にそういう話ではある)、メインはやはり兄妹の確執、兄の心の闇、妹の心の病…。またしても誰も幸せにならない、みんな可哀想なかんじのお話。

可愛らしい子役だったトビー。しかし子役として避けられない運命が彼に訪れる。ボーイソプラノは父親そっくりのダミ声に。どんどん似合わなくなる半ズボン。
トビーが大人の男に向かって成長しだして両親ガッカリっていうシーンがなんか悲しい…。

本来ならそれは成長の当然の結果として歓迎されるものだったでしょう
しかしエンジェルのような という形容で売っていた兄には
これはあまりにむごい変身でした


トビーは誰からも成長を喜んでもらえなかたんだろうなあと思うと可哀想です。普通親って喜んでくれるじゃん。でもトビーの両親は「もう贅沢できなくなっちゃう」ということしか考えない。トビーというキャラクターは全然好感持てるようなキャラではないのですが、それでも可哀想。
そして息子の栄光を引き留めようと躍起になる母親…。ああよみがえる『汐の声』のトラウマ。実は私の怖いものリストには「ステージママ」が昔から入ってます…。怖い。

ほとんど自閉的なマーシャをトビーが上手くフォローし、敬愛するトビーの影に隠れてマーシャが歌う…という微妙なバランスながら、トビーとマーシャのデュオは順調に売れっ子になっていきます。
しかしマーシャは徐々に拒食に陥っていきました…。

無論 私は痩せてきました
するとその事が 少しは私を美しく見せるように思えるのです
そうなると食事をしない事が快感になってきたのです


そういえばこの作品はカーペンターズがモデルなんでした(スペシャルセレクション9のコメントより)。
カーペンターズのカレンも拒食症で亡くなってるんですよね…。カレンといえば前に昔の映像をテレビで見た時、似合わないフリフリの白のドレスを着せられてうつむいていたのが印象的でした。…まさかマーシャがフリフリドレス着て「似合わ…ない」と落胆するシーンはこれが元ネタか…?

とうとう倒れたマーシャにトビーが胸の内を吐露するシーンが、こ、怖い。
子供の頃の恨みを無意識のうちに妹に向ける兄。自分より遥かに優れ恵まれていると思っていた兄の心の内を初めて聞く妹。実はお互いがお互いを羨(恨)んでいた。このへんは『瑠璃の爪』に似てるかも。しかもどっちかっていうとトビーが絹子?

「昔 僕がパパやママやきみを養っていた事を覚えているだろ
5、6歳の子供が寝る間もなく働いて 毎日眠くてしかたなかったよ
子役としてだめになった時も ピアノを昼となく夜となく
吐き気がするほど弾かされて本当につらかった
つらくてつらくてたまらないのに 子供の僕にはどうする事もできなかったんだ
それなのに きみときたら 毎日テレビばかり見ているんだもの
ひどいよね 僕があんなに働いている時
もう一人の子供はろくに学校へも行かず 遊んでるなんてさ」


息も絶え絶えのマーシャにひたすら語りかけるトビー。「やっと本当の気持ちを打ち明けられた」といったプラスイメージでは描かれてないところが怖い。
…ところで、アメリカって確か子役の労働時間規制が厳しくて「子供が寝る間もなく働く」のは不可能だったと思うんですが(アメリカに双子の子役がやたら多いのもこれが関係してるらしい)…。まあ昔の話ということで…。

惜しいなー。これカーペンターズモデルじゃなきゃ山岸先生はきっとこの二人を兄妹じゃなく姉妹にしたはず。そしたら「姉妹の確執系作品」コレクションが一個増えたのに。惜しいなー。(←何を勝手なことを)

キメィラ

Category:山岸凉子

キメィラ
1984年

山岸凉子作品集〈9〉傑作集3 黒のヘレネー』(白泉社)
パエトーン(あすかコミックス)』(角川書店)
自選作品集 ハトシェプスト(文春文庫ビジュアル版)』(文藝春秋)
山岸凉子スペシャルセレクション〈7〉常世長鳴鳥』(潮出版社)
に収録。



その時あたしは この世にあり得ぬものを見ていました…
彼女の………… 下半身に


女子大学に入った磯村は寮で中世的な少女・鈴木翔(かける)と同じ部屋になった。
ほとんど平らな胸と男名を持つ美少年のような彼女に磯村は関心を持つが。


共学時代の「ムサい男」へのうんざり感、そして学園生活のつまらなさから来る「何かに夢を持ちたい」という思いを、男装の麗人・翔に憧れることで満たそうとする磯村(下の名前出てこない)。
でも翔は磯村が夢見たような美少年ではありませんでした。寡黙でほとんど口をきかず、一人で花の咲かない万年青を愛で、拾った動物の飼い主を執拗なまでに捜す。そういう変わった人でした。
一方、大学のある街の周辺では、お年寄りばかりを狙った殺人事件が相継いでいて…。

「翔さん すまないんだけど あの…ナプキン持ってない? 急にきちゃってあたし」
「ナプキン? 何それ」
翔にまだ生理がないことに驚く磯村。
「お客さん」に「おザブトン」…。古い…。昔ってこういう隠語発達してたよなー。

山岸作品によく出てくる「モノローグが饒舌な主人公」が、入学した先の大学で恐ろしい事件に巻き込まれるという話なのですが。
この作品のポイントはこれでしょう。スケベ心で死にかける主人公。なんか珍しいですよね山岸作品でこういう女の子キャラ。
磯村はある晩、心配を装ったスケベ心から彼女の裸体を見てしまう。

あたしときたら ああ! もう 絶望的なくらいスケベな人です

「老人を殺して血を絞る」という残忍な殺人事件が起きてるかと思えば主人公はこんなだよ!
他の作品の人たちはもう少しまともな理由で危機に瀕してたと思う(笑)

この話のテーマは「半陰陽(両性具有)」。現在ですらあまり認知されていないのに(つい最近マンガとドラマでちょっと話題になりましたが)、84年の時点では「男でも女でもない性」などという概念は一般の人の間では存在すらしてなかったのではないでしょうか? 昔も今も「男と女の中間はオカマ!」という共通認識を前提にしたギャグを飛ばす人の多いこと多いこと(別にいいんだけどね)。一般人の認識は未だにそんなもんです。
磯村も「彼女は半陰陽だった」といきなり聞かされてすぐ理解できたのかなあ。80年代の女子大生が知ってるとは思えない…。

翔は陸上選手であったというのがこの話の鍵のひとつですが、検索してみたら実際にいるんですねー、半陰陽の陸上選手。職業における男女の差が昔ほどではなくなってきてるとはいえ、スポーツの男女分けは致し方ないですよね…。どうしてもスポーツの世界で生きたい半陰陽の人はどうすればいいんだろう。
今まで認知されていなかったものに名前がつき、世間に認知されるようになると、それで対策などが練れて楽になるメリットと、却ってレッテルが貼られやすくなるデメリットがあると思うのですが、半陰陽の場合はどうなるのでしょうか。良い方向に向かうといいなと思います。本当に、「名前がつく」ということは諸刃の剣…。アスペだのワーキングプアだの罵倒語代わりに使う人いるじゃないですか…(主にネット上だけどたまにリアルでもいる…)。

ストロベリー・ナイト・ナイト

Category:山岸凉子

ストロベリー・ナイト・ナイト
1981年

ハーピー(サンコミックス)』(朝日ソノラマ)
山岸凉子作品集〈9〉傑作集3 黒のヘレネー』(白泉社)
山岸凉子全集〈26〉天人唐草(あすかコミックス・スペシャル)』(角川書店)
山岸凉子恐怖選〈2〉メデュウサ(ハロウィン少女コミック館)』(朝日ソノラマ)
山岸凉子スペシャルセレクション〈12〉妖精王2』(潮出版社)
に収録。



狂った人間は 皆一様に狂っていないと言うのが通説ですってね

目覚めると「私」はまた精神病院に入れられていた。
しかし外に出ると、そこはいつもとはまったく違った世界だった。
その日、街の全ての人々は醜い自分をさらけ出していた。「私」はわけもわからずあたりを歩くが…。


山岸作品の中で最も好きな話のうちのひとつ。『鬼子母神』の次くらいに好きです。精神に問題は抱えてるけどなぜかとんがっちゃってる主人公が好き。
山岸作品によく出てくる「やたらモノローグの饒舌な主人公」である「私」の一人称で話は続きます。

「私」が目を覚ますと、そこは混乱の中だった。
街には人がゴロゴロ倒れている。薄汚れた子供達がお菓子を抱えている。
金が何の役にも立たなくなったと言うおじさん。泣きじゃくる男。
薬を飲んで布団で寝ている人。ひたすら食べ物を食べ続ける男…。

「私」の頭の中にはいろいろなことが巡る。
偽善者の麻美の説教。飲み会で男に言われた言葉。人前で不自然にお芝居していた自分。
この主人公は何の病気なんだろう? 「人格という莫大なお金とひきかえにここ(病院)に入ってしまった」って…演技性人格障害とか?

街は狂気と暴力に溢れている。「インテリ」と呼ばれ、いつも他人を裁いていたあの人が、車を暴走させ、人をひき殺している。
でもそんな人達を見ていると、「私」の心は逆に安定していくのでした。

なーんだ あたしと同じなのね
裁く人と裁かれる人は同じだったのね
ホッとしちゃったわ 今なら行きかう人の目が見つめられる
あたしったらいつも下を向いていたのよ
卑屈にならなくてもよかったのね
みんな あたしと同じなんですもの


「私」は今までの「顔」の仮面をはずします(比喩でなく、本当に仮面)。
きつい厚化粧の下からさっぱりした「私」の素顔が現れるシーンが印象的。

ああ! 深呼吸!!

そこに、ボロボロの格好をした警官が話しかけてきます。

「あなたはどこへ行くのかね。最後を共にしたい人はいないのかね?」
「あたし達はべつに どこへ行く必要もないじゃない」
「ああ…。どちらにしろもう間もなくだから…
間に合わなかったのはあなただけじゃないからね


これは
「終末の日、死を目の当たりにした街の全ての人間の仮面が剥がれたことで、元々仮面を上手く被れていなかった『私』の精神が自由になったのも束の間、全ての終わりは目前だった」
という話だと思ってるのですが、合ってるのでしょうか…。
で、病院で寝てた「私」は事実を何も知らないまま、あのラストシーン。
結局「私」は一瞬でも素顔に戻れて幸せだったのかなぁ。こういうかたちで主人公の精神が救われる(?)のは珍しいです。「私」の全快ぶりが切ないなぁ…。

あたし自分の部屋へ帰らなくちゃ
解るのよ あたし自分がすっかり良くなったって


「明日はあたしにも明るい日が待っているのかしら」と言う「私」の頭上に描かれたボールペン…じゃなくて核ミサイル(?)が怖い。
最期の時にお菓子とルービックキューブを求める子供達…(多分もうお店の人が逃げちゃってて、店の品物持ち出し放題という状況)。他に何かあるんじゃないかなー。いいのかなー。

ブルー・ロージス

Category:山岸凉子

ブルー・ロージス
1991年

自選作品集 ブルー・ロージス(文春文庫ビジュアル版)』(文藝春秋)
山岸凉子スペシャルセレクション〈7〉常世長鳴鳥』(潮出版社)
に収録。



「わたしぐらい役立たずの人間はいないわ。
気はきかないしグズだし なにをやってもドジだったのよ」

黎子(たみこ)
は男性と付き合ったことがないまま30歳になろうとするイラストレーター。
子供の頃に親からかけられた呪文のせいで自分に自信が持てずにいた黎子だが、ある時男性編集者の和久と出会ったことで、黎子の人生は少しずつ変わりはじめる。


私が山岸先生のマンガを読むようになったのは、母の本棚に山岸凉子(他24年組)の単行本が何冊かあったのがきっかけなのですが、何冊かあった単行本の中にこの『ブルー・ロージス』が入ってたんですね。
最初に読んだ時、私はまだ小学5年生くらいで、その時の感想は「主人公に彼氏ができて? 料理が上手くなって? …で、別れて終わり? 地味な話だなー」というかんじで、全然ピンときてませんでした。
でも20歳を過ぎた頃に読み返してみたら…すごい染みたんですよ。
子供時代、出来の良い妹(明子)と比べて親から褒められることがなかったせいで自分に自信の持てなかった黎子。大人になって初めての恋人にありのままの自分を認めてもらえて、愛情込めて褒められたことによって自分を認められるようになり…。

「安心して。黎子さんそんなにドジじゃないって。
もっともドジの黎子さんも可愛いと思うけど」


わかる! わかるよ今なら黎子の気持ちが! そう、人は褒めてもらえないと自信なんか持てないの! 子供の頃に与えられなかった「自信」を、大人になってからようやく与えられた黎子…。山岸先生の「救済系」(←勝手にこう呼んでいる)はいつもじーんとくるなぁ…。
和久さんと別れた後、彼に褒めてもらった料理を自信を持ってチャカチャカ作る最後のシーンなんか泣けます。

これはあの人から与えてもらったものだ……
どんな料理もおいしいと言って食べてくれるから
気がついたら自信をもって料理することができるようになっていたんだわ
そうか 明子のあの自信が子供の頃与えられたように
わたしは得そこなった自信をあの人に与えてもらったんだ


この話は「喪女黎子」「自信なし黎子」というふたつのテーマがあると思うんですけど、私は「自信なし黎子」の物語にすごいグッときちゃったので、和久さんが実はちょい二股だったとか、黎子が傷つきたくなくて目を背けていたとか、男女の恋愛沙汰がどうこうなるあたりはわりとどうでもよくなっちゃいました。でもまた数年後読んだら違う感想が出てくるのかも。
(この二人は結婚してないので「不倫」とは言いませんが、一応主人公が浮気されてるので「不倫」タグつけておきます↓)

それにしても「線の細い植物的な男性」のイラストが売りだった黎子が、男を知った後にはその絵が描けなくなった…というくだりは無駄に生々しい(笑)
星の素白き花束の…』の聡子さんの時も思ったけど、絵柄変わった後のイラストちゃんと売れてるんですかねー。心配。

ある夜に

Category:山岸凉子

ある夜に
1981年

山岸凉子作品集〈11〉傑作集5 篭の中の鳥』(白泉社)
瑠璃の爪(あすかコミックス)』(角川書店)
山岸凉子スペシャルセレクション〈13〉妖精王3
に収録。



8ページの短いお話。
化野の…』と似た「死者が町を歩く」話ですが、あっちの主人公は自分が死んだことに気づいてないのに対して、こっちの女性達は全員理解してあの世へ向かってます。

4人の女性が町を歩く。
一人は華の道、一人は砂の道、二人は石の道を歩く。
彼女達の歩く道は、生きていた時の行いの報いが表れている…という解釈でいいんですよねコレ。抽象的で感想が難しいです。
途中で仲間に加わったおばさんは石の道を歩き、足が血まみれ。

「わたしはずーっと一人で歌を歌ってきましたからね」
「わたしなんか七人の子供を育てて歌なんかひとつも歌えなかったよ」
「ああそれで華の上を歩いているんですね」

一人で歌を歌うことはそんなに悪くないんじゃないか? と思うのですけど…。おばさんの歌で元気づけられた人だっているかも知れないじゃないですか。ジャイアンみたいな歌声だったならまだしも。

でも実際に歩いている道に関わらずみんな、まあアスファルトの上みたいな感触ですよねといったノリの中、一人だけやたら苦しいだの寂しいだの足が疲れただの、不平不満を言う女がいました。

「自分の幸せを考えるよりも他人の幸せを考えてきたわ。
そのあたしがあんなにも苦しんで おまけに華の上も歩けないなんて」


この女は「私はこんなに尽くしてあげてる。だから、もっと何か良いことがあるはず」と思ってるタイプですね。他人のために尽くしてるつもりで本当はすごく欲張りっていう。
人間の性質と死後の世界をからめて描くあたりが山岸先生らしい。お寺の冊子に載せるべきだな(笑)

「あたしはただの一度も加害者になったことなんかないわ。
一度もないわ! いつも被害者だったわ

「これでおしまいなんて これで無になるなんて!
何かがあるはずよ。もっと何かが!


黒のヘレネー』を彷彿とさせるラスト。背景の賽の河原が怖い…。

メデュウサ

Category:山岸凉子

メデュウサ
1979年

メデュウサ(サンコミックス)』(朝日ソノラマ)
山岸凉子作品集〈7〉傑作集1 スピンクス』(白泉社)
山岸凉子全集〈23〉ドリーム(あすかコミックス・スペシャル)』(角川書店)
山岸凉子恐怖選〈2〉メデュウサ(ハロウィン少女コミック館)』(朝日ソノラマ)
山岸凉子スペシャルセレクション〈12〉妖精王2』(潮出版社)
に収録。



「ときどきわたしの顔をみても石にならない人間がいる」

その目で見た人間全てを石に変える女・メデュウサ
人一人石に変えるたび、メデュウサの体にはヒビが入る。
しかし世話人のニコラだけは石になることはなかった。ニコラと過ごしていると、メデュウサの蛇の髪は普通の髪の毛に戻り、ヒビもなくなった。
だがニコラが寝言で男の名を呟く時、メデュウサの髪は再び蛇に…。


リア充爆発しろとばかりにアベック達を石に変えるメデュウサ(ひとり言の多い人…)。
メデュウサは世話人(実際は単なる金食い虫の半居候)の不良娘・ニコラにだけは安らぎを見出しますが、ニコラはしょせんメデュウサの財産だけが目当ての勝手な女でした。
ニコラとベッドで過ごしている時にメデュウサの蛇の髪が普通の髪に戻って、メデュウサが「髪が蛇でないのはなかなか気持ちがいい」って言うシーンがあるんですけど、そこで「ああ、メデュウサも自分の髪が蛇なのはやっぱり気持ち悪いもんなのか」と思ったものです。気持ち悪そうですよね。
…そしてメデュウサ、蛇の髪じゃなくなると「ちょっと太った厩戸王子」っぽいです。

このメデュウサ目線の奇妙な話、他の山岸作品を読んでる人ならピンと来ると思います。そう、「メデュウサ」という設定はこの精神を病んだ女の脳内設定であって、「人を石に変える」というのは「人を無視する」のメタファーなわけです。
自分を傷つけるもの全てを石に変えて無視するメデュウサ。でもそのたびに自分のどこかにヒビが増える。
「わたしの身体はひびだらけ」のシーンのメデュウサのポージング、なんか無駄にかっこいいです。

「舞台がどっか外国」「何気にお金持ち」「世話人として来た不良娘とレズビアンな関係」…のあたりがあまり現実感ないので平気で読めますが、この話、舞台と設定がもっと身近だったら読んでて相当グサグサ来ると思います(…って『パニュキス』の感想でも書いたなぁ)。
細かいことを言うようですが、本当に、物語の舞台が日本か外国かの違いで読む方のダメージ(?)が変わってくるんですよ。やっぱり外国の話だと別の世界の話のような気がするっていうか。『天人唐草』とか普通の日本の話だったから鬱度凄まじいですもん。
あ、でもメデュウサも最後のページの絶望感は半端ないです。メデュウサの「蛇の髪」の気色悪さが存分に生かされてますね。
最後のニコラの台詞は収録本によってすごーく微妙に違ってます。

黒のヘレネー

Category:山岸凉子

黒のヘレネー
1979年

スピンクス(花とゆめコミックス)』(白泉社)
山岸凉子作品集〈9〉傑作集3 黒のヘレネー』(白泉社)
山岸凉子全集〈31〉黒のヘレネー(あすかコミックス・スペシャル)』(角川書店)
山岸凉子スペシャルセレクション〈8〉二日月』(潮出版社)
に収録。



「その女のまわりは 禍々しい黒いものでいっぱいだ!」

絶世の美女ヘレネー。彼女はいつでも美しく、素直で、微笑みを絶やさず、誰にでも優しく、そして誰からも愛された。
しかし彼女の美しさは知らず知らず周りを不幸へと導いていった…。


この話はすごい好きです。ヘレネーみたいな、その人の特殊な人間性にスポット当てて描かれた話って面白いのが多い。
ギリシャ神話のトロイア戦争という題材をここまで「いるいるこういう人!」と思わせるリアルな人間の物語へと変貌させるなんてすごいなー。

家にいても外に出ても賞賛の嵐を浴びるヘレネー。でも生まれつき美しく素直だったヘレネーにとってはそれが当たり前。誰に褒められても別に今さら嬉しくありません。
そんなヘレネーが唯一苦手とするのは姉のクリュタイムネストラ。不美人な上に陰気で、おまけにひねくれ者。だから家族からも冷たくあしらわれる。そしてなぜかいつもヘレネーを恨みがましい目で見るのです。

ヘレネーのように姿形が美しければだれからも愛される
ならば素直でいることも簡単なもの
誰からも愛されず 醜いと後ろ指さされるからこそ
ひねくれもするし 意地悪くもなるのに


ヘレネーはいつも退屈。何をやっても美人だし愛されるし。
メネラーオスと結婚したら楽しくなるかと思ったけどやっぱりすぐつまらなくなったので、ギリシャの金銀財宝を持ってトロイアの王子パリスとかけおちしました。
妻を取られたメネラーオス王は怒ってトロイア戦争を起こしました。
パリスは死に、トロイアは陥落したしギリシャ側もいっぱい人が死にました。またヘレネーは退屈な日々に戻りました。でもまだ若く美しい自分に誰かが楽しいことをくれると信じています。

読む側からすると「わざとやってんだろおまえ」と言いたくなるような「無自覚の悪」のかたまりであるヘレネー。ヘレネーのせいで起きた戦争でクリュタイムネストラの幼い娘が生け贄にされたという話を聞いても優しく同情するだけ。

「まあ…なんと言っていいの。運が悪かったのですねえ。お気の毒だわ。
あなたはいつも運がお悪い。いつもご同情しておりましたの」

あんたのせいあんたのせい!

「おまえは身も心も真黒な女なのだ これ以上生きていてはいけない」

「殺してやる」じゃなくて「生きていてはいけない」なとこがいいですね。言い得て妙。
…ヘレネーからすれば「同情してあげたのに何故?」という気持ちなんでしょうけど。
「わたしがなにをしたというの」とか言ってるしね…。無自覚の人って厄介だ。

いやいや あたしがこんな気違いの手にかかって死ぬなんて
死ぬなんてうそ!
あたしにはもっと晴れやかな人生が 続くはず……


ドリーム』の丹穂生さんと気が合いそうですね。
しかし周りからは「素直で優しくて無欲だ」と言われるヘレネーの「黒さ」に気づく人と気づかない人の違いは何なんだろう? 戦後の会話からしてメネラーオスは薄々気づきかけてる気がする(笑)
丹穂生さんの性質も旦那さんは気づいてたしね…。

私はこのヘレネーという女、萩尾望都の『メッシュ』に出てくるポーラっていうキャラと重なるんです。
このキャラも愛想良くて優しくて誰からも好かれる美人なんですが、人の言うことはすべて聞き流し忘れ、うっかり人殺しても全然気づかないで「お気の毒だわ」とか言ってニコニコしてるというすごいキャラだった…(萩尾先生のお姉さんがモデルという噂あり)。


*****

本編とはあんまり関係ないですが、冒頭のギリシャ神話「パリスの審判」
「三女神のうち誰が最も美しい女かを決めようとする対立勃発
→三女神、審判に買収するためにすごい貢ぎ物を約束する
→最も美しい女(ヘレネー)を与えることを約束した女神が優勝した」
ってなんか矛盾してるような…。最も美しい女に選ばれるために最も美しい女出してどうする、みたいな。
まあ女神と人間の美人コンテストは別枠なのかも知れないけど…。でもヘレネーも父親ゼウスだから半分は神だけど…。…ギリシャ神話はよくわからん…。

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柿丸

柿丸
文化人類学的観点からマンガを研究したいただのマンガ好きです。データ収集が趣味。
ジャンプ歴10年でしたが2016.3に一旦卒業しました。
マンガの感想は基本的にネタバレです(どうせ古いマンガしか感想書かないので)。

【新刊追ってるマンガ】
アオイホノオ
おいピータン!!
大奥
カルバニア物語
きのう何食べた?
海月姫
たそがれたかこ
トクサツガガガ
ドリフターズ
ドロヘドロ
HUNTER×HUNTER
etc.

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