裏次元の一日

マンガ・アニメを研究したり分析したり考察したりしてなかったり。

負の暗示

Category:山岸凉子

負の暗示
1991年

パイド・パイパー(ユーコミックスデラックス)』(集英社)
神かくし(秋田文庫)』(秋田書店)
山岸凉子スペシャルセレクション〈5〉天人唐草』(潮出版社)
に収録。



この僕が並以下… 澄子も僕が丙種なのでばかにしている
澄子…みゆき 女にここまでバカにされていいのか
たかが女に その女に…この僕が…


昭和13年。一人の男が一晩のうちに村の住民たちを30人惨殺するという陰惨な事件を起こした。
そのまま自殺した犯人は、これといって極悪人でも精神異常でもない平凡な22歳の青年・土井春雄だった。
彼はなぜこのような事件を起こすに至ったのか…。


昭和13年に実際に起きた日本史上前代未聞の大量殺人事件・津山三十人殺しが元になってます。『八つ墓村』の元ネタにもなった事件です。(ちなみにこの事件、調べていくと、当時の田舎村のフリーセックスっぷりと「寺井」性の多さに困惑すること間違いなしである)

斧、刀、銃などを使い、祖母を皮切りに1時間半で30人を殺害。犯人の春雄(都井睦雄)は、どのような人物だったのか。どういった環境で育ったのか…。
犯罪心理とか好きなので面白かったです! 山岸先生の社会系マンガの中でもかなりの大作ではないでしょうか。

子供の頃は優等生だった春雄…。でもお金がなくて進学できなかったり、畑仕事がたるくてさぼったり、コツコツ勉強できなくなったり、いつの間にかニートだったり、肺病を嫌われたり、女と遊んで現実逃避してみたり、ちょっとしたことが春雄を破滅へと導いていった…。
この「小さい頃はできた子だったのに…」って人はいつの時代にもいるんですねぇ…。

祖母に溺愛され 優しい姉にかしづかれて
春雄はいつのまにか 世の中は自分を中心に回っているという感が強くなっていた
この 何事につけても自分が1番であるべきと思う全能感は
傷つけられた時 ひどく不安なものに変貌する
しかし 本来 この子供っぽい全能感は 成長の過程で打ち破られていくものなのである


しかし、春雄は奇跡的に(?)全能感を打ち破られないまま大人になってしまった! これが本当は春雄にとっての一番の不幸じゃないだろうか。少なくとも私はそう思います。これおばあちゃんにも責任だいぶあるよね…。
そんな「僕が一番偉い」という増長しきったプライドを持った春雄にも、現実は容赦なく襲いかかります。いつの間にかさっぱりついて行けなくなった勉強。畑仕事しないから男たちから仲間はずれ。手当たり次第に女に手を出し嫌われ。そしてとどめは徴兵検査の結果が「丙種」。軍国主義まっしぐらのこの時代でこのレッテルは、春雄を村八分にするのに充分な理由でした。

「優秀な男であるはずの僕」は村の男からも女からも忌み嫌われ、肉体関係のあったみゆきにもこっぴどく振られ「隆のほうがヨかった」とか言われてしまい、初恋の人妻・澄子さんにも「これくらい言わないとわかんないんだから」と同じくこっぴどく捨てられてしまいます。(春雄は何でも自分の都合の良いように取るため、過去に澄子が無言の愛想尽かしをしても気づかなかった)

本来 甲種でもおかしくない優秀な人間であるこの僕が こんなにも虚仮にされて…!
それに丙種は僕の責任じゃない そうとも すべて 僕の責任じゃない
いつも周りの人間が僕を悪い方へ悪い方へと導いてゆく…あいつら女共
あいつらに思い知らせてやる その土井春雄が一角の男だったということを
あいつらに嫌というほど思い知らせてやる


そんで春雄は神戸まで殺戮用武器を買いに行くんですけど…。うーん春雄、そのまま村を出て広い世界で暮らしていたら再スタートできてたかもよ? 何となく、春雄は閉鎖的な村から出てった方がうまくいくような気がするよ?
昔の人ってあまり生まれ育った村から引っ越したりしないのかな。ていうか、春雄がもうこの時、全員ぶっ殺す>>>人生をやり直すになってたからだめか…。

春雄が女との現実逃避にのめり込むきっかけとなった年上の人妻・澄子さん。これが決して性格の良い人ではないのですが、常に自分の利益だけを考えて生きる澄子さんは、なぜか見ていて妙に小気味良いというか、事件の寸前に「沈む船からいち早く逃げる鼠のように」京都へ引っ越す要領の良さとか、悪女っぽくていいかんじ…。
あと春雄が2番目に恨んでたみゆきも逃げおおせて軽症で済むという悪運の強さだし…。この二人、やな女なんですけど、実はけっこう嫌いじゃないです。山岸先生が描くと『月読』の天照さんみたいな、悪くてずるくて強い、妙な魅力を感じる。
この二人を逃がしたのは本物の春雄(睦雄)も遺書で悔しがってます。「うつべきをうたずうたいでもよいものをうった」

突入前の春雄の目 が 怖 い 。
ていうか…ぶっ殺しても「一角の男」だと思い知らせたことにはならない…よね? 春雄くん?
そして深夜。村中の電気を停電させた春雄。あとはただ、阿鼻叫喚地獄。春雄が「祟りじゃー!」でおなじみの例の格好で恨みのある村人を殺しまくりまーす…。何これホラー映画じゃないか…。
有名なエピソードである「おまえは僕の悪口を言わなかったから撃たない」「あっちゃんちはここか。紙と鉛筆を借してくれ」のシーンも出てきて、本当に春雄は自分の基準のみで生きているなぁ。
春雄も可哀想なとこあったけど、自分大好き人間に危害を加えられる側としては、迷惑以外の何物でもありません。
事件的には秋葉原の事件なんかも同質のものと言われていますね。なるべく多くの他人を巻き込んで死にたいという…。今も昔も変わらぬ人間の心理ですな。
「真に恐ろしいのは、弱さを攻撃に変えた人間」by荒木飛呂彦。

~以下、思い出話~
春雄は私が子供の頃、近所に住んでた男の子・ハルオ(仮)にすごい似てるんです。当時ハルオが中学生、私が小学校低学年かな?
もう、性格はマジで春雄。「僕が一番偉い思考」「急に変なことでキレる」「言うことはでかいけど行動しない」「都合いい病弱アピール」など、春雄にそっくりでした。
育った環境も似ていて、過保護な親から溺愛されてて、おこづかいを何万円ももらってて(家は春雄と違って近所でも有名なお金持ちだった)、大人でも買えないようなブランド品を持ってて、周りの子たちから羨ましがられて…。
でもその反面、金品を渡して他の子(主に年下)を家来のように扱ったり、ちょっと否定されると人が変わったように激怒することが目立つ子でもありました。
引っ越しちゃったからあまり覚えてないけど、確か途中からハルオは周囲から孤立していってたよなー…。子供たちの親が「あの子から金や物を受け取るな」と叱ったのもあるし、取り巻きの子供たちも育つにつれ、ハルオの人格とか金遣いを恐れはじめて。
彼は今どうしてるんだろう…。だいぶ後に聞いた噂では、大人になってもあの性格は治らず、芸術家か何かを目指して美大?に落ちて以来、精神に異常をきたして入院したって聞いたのが最後だなぁ…。
今思うと、ハルオは自己愛性人格障害だったのかなーって思います。春雄も自己愛だったんじゃないかなー。どうも事件を調べてみるとそんな感じが。祖母の育て方が明らかに自己愛養成プログラムだし…。
私は『負の暗示』を読むたびにハルオのことを思い出します。春雄も、ハルオも、もっと早い段階で挫折を知るべきだったのではないでしょうか。生まれてから一度も折れることなく育ってしまった増長した自尊心とは、あんなに人の人格をねじ曲げてしまうものなんですね。
最近、日本は特に自己愛が増えてるとか。なんでだか知んないけど、もうこれ以上あの手の自分大好き人間と関わりたくありません本当に勘弁してください。(←なんか他にも春雄じみた人間に嫌な目に遭わされてきたらしい)(自己愛ってみんな性格同じなの何で…?)

しかし、子供を育てるのって本当に大変だよなぁと、しみじみ思います。親御さんだって、ちょっとやり方がまずかったとはいえ、息子可愛さに金を与えただけだし、彼だって欲しい物なんでも手に入って威張れて良い気分で子供時代を過ごしたろうに、それだけじゃだめなんだなぁ…。それだけじゃ歪んでしまうんだなぁ人間は…。本当に人間を育てるのは難しいなぁ…。(´-ω-`)

雨女

Category:山岸凉子

雨女
1994年

押し入れ(AmieKC)』(講談社)
押し入れ(KCデラックス)』(講談社)※上の復刻
に収録。



「お母さん あのおじさん 長い物を引きずってるよ」

三田数良はその恵まれたルックスで数々の女を物にし、金目的で手にかけてきた。女たちの愛と怨念に取り憑かれることになるとも知らずに…。


主人公の女性はおそらくジェイン・ドゥさんこと千鶴子さん(作中では名前が出てきません)。自分が数良に殺されたことに気づかず、数良を見つめ続ける。
この千鶴子さん、ところどころのコマでさりげなーく首に布が巻き付けられています。山岸先生ってたまにこういうことしますよね。『汐の声』のロングのシーンの床のアレとか。あれはびびった…。
この作品は出てくる幽霊二人とも自分が死んだ自覚なしで勝手に動いてて変なかんじ。

三人目の女・よし子も殺してしまう数良。でもマスコミに対しては涙で応答してみせます。演技派です。一方その頃、千鶴子の遺体が発見されます。
今まで視点キャラだった千鶴子が一瞬で「ゴミ袋に詰められた死体」になったシーンはけっこう怖かった…。なんかね、「人を脅す気のない幽霊」って怖い…。黒いゴミ袋の中で正座ですよ?
冒頭の「立てない!?」のシーンの変な外枠はゴミ袋だったんですね…。あの頭をつかえてつんのめった体勢の意味がここでようやくわかるという。

マスコミに囲まれながら帰宅する数良。数良のうしろから「長い物」が繋がっていることに、近所に住む少女だけが気づく。

罪が暴かれようと暴かれなかろうと
彼は“長物”を引きずっている
これが人間に憑く背後霊の中でも もっともたちの悪いものだそうな


さて、「三田数良」の元ネタこと三浦和義は2008年に留置所で首を吊った状態で死んだわけですが、自殺であれ他殺であれ事故であれ、「長い物」が首にグルグル巻き付いて死んだ…と考えると何だか辻褄が合ってて恐ろしいですね!(首つりに使われたのはTシャツらしいけど)
前にテレビかなんかで見た霊能力者も「三浦和義には女の長い髪の毛がグルグルまとわりついている」的なことを言ってたし。怖いよー。

でもこのマンガに出てくる三人の女の霊は「呪ってやる!」という恨みの気持ちは描写されておらず、自分が死んだことすら気づかず、ただ数良の後にズルズルついて行くだけの存在なんです。単なる恨みの感情より、こういう「愛だか怨念だかもうよくわからない強い執念」ってのが一番怖いと思うのです。

キメィラ

Category:山岸凉子

キメィラ
1984年

山岸凉子作品集〈9〉傑作集3 黒のヘレネー』(白泉社)
パエトーン(あすかコミックス)』(角川書店)
自選作品集 ハトシェプスト(文春文庫ビジュアル版)』(文藝春秋)
山岸凉子スペシャルセレクション〈7〉常世長鳴鳥』(潮出版社)
に収録。



その時あたしは この世にあり得ぬものを見ていました…
彼女の………… 下半身に


女子大学に入った磯村は寮で中世的な少女・鈴木翔(かける)と同じ部屋になった。
ほとんど平らな胸と男名を持つ美少年のような彼女に磯村は関心を持つが。


共学時代の「ムサい男」へのうんざり感、そして学園生活のつまらなさから来る「何かに夢を持ちたい」という思いを、男装の麗人・翔に憧れることで満たそうとする磯村(下の名前出てこない)。
でも翔は磯村が夢見たような美少年ではありませんでした。寡黙でほとんど口をきかず、一人で花の咲かない万年青を愛で、拾った動物の飼い主を執拗なまでに捜す。そういう変わった人でした。
一方、大学のある街の周辺では、お年寄りばかりを狙った殺人事件が相継いでいて…。

「翔さん すまないんだけど あの…ナプキン持ってない? 急にきちゃってあたし」
「ナプキン? 何それ」
翔にまだ生理がないことに驚く磯村。
「お客さん」に「おザブトン」…。古い…。昔ってこういう隠語発達してたよなー。

山岸作品によく出てくる「モノローグが饒舌な主人公」が、入学した先の大学で恐ろしい事件に巻き込まれるという話なのですが。
この作品のポイントはこれでしょう。スケベ心で死にかける主人公。なんか珍しいですよね山岸作品でこういう女の子キャラ。
磯村はある晩、心配を装ったスケベ心から彼女の裸体を見てしまう。

あたしときたら ああ! もう 絶望的なくらいスケベな人です

「老人を殺して血を絞る」という残忍な殺人事件が起きてるかと思えば主人公はこんなだよ!
他の作品の人たちはもう少しまともな理由で危機に瀕してたと思う(笑)

この話のテーマは「半陰陽(両性具有)」。現在ですらあまり認知されていないのに(つい最近マンガとドラマでちょっと話題になりましたが)、84年の時点では「男でも女でもない性」などという概念は一般の人の間では存在すらしてなかったのではないでしょうか? 昔も今も「男と女の中間はオカマ!」という共通認識を前提にしたギャグを飛ばす人の多いこと多いこと(別にいいんだけどね)。一般人の認識は未だにそんなもんです。
磯村も「彼女は半陰陽だった」といきなり聞かされてすぐ理解できたのかなあ。80年代の女子大生が知ってるとは思えない…。

翔は陸上選手であったというのがこの話の鍵のひとつですが、検索してみたら実際にいるんですねー、半陰陽の陸上選手。職業における男女の差が昔ほどではなくなってきてるとはいえ、スポーツの男女分けは致し方ないですよね…。どうしてもスポーツの世界で生きたい半陰陽の人はどうすればいいんだろう。
今まで認知されていなかったものに名前がつき、世間に認知されるようになると、それで対策などが練れて楽になるメリットと、却ってレッテルが貼られやすくなるデメリットがあると思うのですが、半陰陽の場合はどうなるのでしょうか。良い方向に向かうといいなと思います。本当に、「名前がつく」ということは諸刃の剣…。アスペだのワーキングプアだの罵倒語代わりに使う人いるじゃないですか…(主にネット上だけどたまにリアルでもいる…)。

奈落 タルタロス

Category:山岸凉子

奈落 タルタロス
1988年

奈落 タルタロス(あすかコミックス)』(角川書店)
山岸凉子スペシャルセレクション8 二日月』(潮出版社)
に収録。



姉のデルフィーヌは生まれながらの勝者です
わたしは敗者としてこの世に生を享けました


18歳のエブリーヌには2歳上の姉・デルフィーヌがいる。
瓜二つの二人だが、才能ある女優であるデルフィーヌに比べ、エブリーヌは常に「人生の敗者」だった。
何をやっても姉に勝てないエブリーヌは、いつしかデルフィーヌの真似ばかりするようになっていった。やがてエブリーヌも女優を目指すが…。


山岸作品によくある「姉妹の確執もの」といえば主に
【美人な姉(妹)とブスな妹(姉)】(常世長鳴鳥黒のヘレネー・ハトシェプスト)タイプ
【優秀な姉と美人だが出来の悪い妹】(木花佐久毘売瑠璃の爪)タイプ
の2種類があると思うんですが、この作品は微妙にどっちにも当てはまらない第3カテゴリ(勝手にカテゴライズ)。強いて言うなら『ブルー・ロージス』の黎子・明子姉妹とか『テレプシコーラ』の六花・千花姉妹と同じタイプ。姉妹それぞれに良いところがあるのに片方ばっかり目立ちすぎて、影に隠れてしまう妹(姉)。

「この子はあたしがこうであったら という望みをみな持って生まれたんだわ♪」
子供の頃の親の偏愛により、そして成長してからは周囲の扱いの差により、少しずつ歪んでいってしまったエブリーヌ。多分母親は自分のブルネットの髪と灰色の目がよほどコンプレックスで、自分と同じ要素を持つ次女を無意識のうちに冷遇してしまったんじゃないかなー。そして「自分の修整版」である金髪碧眼のデルフィーヌには自分の理想を詰め込んだフリフリのドレスを着せ、 エブリーヌの髪は刈り込み。エブリーヌが可哀想だよ…。子供にこういうあからさまな偏愛をする親は現実にもけっこういて怖いです。

母親が死んでからは何もかも姉の真似をして育ってきたエブリーヌは姉と同じく女優になりますが(なぜわざわざ比較されそうな職業を選ぶ?)一向に仕事がやって来ません。
ある日、密かに憧れていた姉のエージェントと姉が愛し合っていることを知り、エブリーヌの恨みは頂点に…。やはりきっかけは恋愛がらみなんですね。

あんたなんか ただ あたしより2年前に生まれて
運良く金髪で青い眼だっただけじゃない
それだけで どうしてなにもかもあたしから奪えるというの


途中にあったカメラテストシーンを見る限り、デルフィーヌは「金髪で青い眼だっただけ」じゃないじゃん、エブリーヌよりも女優としての才能があるじゃん…と一瞬思ったんですが、よく考えたらエブリーヌのいう「人生の勝者」ってそういうことかも。金髪で青い眼ということと、天才女優ということと、人生の勝者ということはすべて繋がっていると言いたいのかも。
金髪碧眼の美しいデルフィーヌは子供の頃から両親や周りの人から可愛がられ愛され認められてきた。その結果、何に対しても誰に対しても気負いなく、いわれのない自信を持って堂々と振る舞える人間(女優)になった。エブリーヌが常にいわれのない不安と自信のなさにつきまとわれ、何に対してもオドオドとしか振る舞えないのと同じように…。
クリュタイムネストラさんや黎子さんも言ってたようなことですねこれは。性格は周りの環境によって形成され、自信は愛されないと与えられない。

特に何が悪いわけでもないのにお姉さんができすぎてるせいで「何となく負け組」になっちゃったエブリーヌがかわいそう。とっとと姉への執着を断ち切って遠い町にでも引っ越して自分自身の生活を一からやり直せば普通に幸せになれたはずなのにねえ…。顔は美人さんなんだから彼氏もすぐできるって。
でもエブリーヌも他の姉妹ものの妹と同じように、邪魔な姉を消してしまうのです。そして髪を金髪に染め本当の「デルフィーヌ」になるも、最終的にはポルノ女優ですよ。容赦ない。

「素敵な姉の真似をする妹」というテーマは大島弓子の『草冠の姫』にちょっと似てるかな。雰囲気はえらい違うけど(←こっちはハッピーエンドなので読後感は良いです)。
むしろ「ルームメイト」の方が近いか(笑)自分に憧れる女に乗っ取られそうになるというストーリーのサイコサスペンス映画。
…しかしこういう羨望・執着・殺意の入り混じったドロドロした話ってだいたい「女」の話なんですよね。主人公を男に置き換えると急に生じる違和感。不思議。

ネジの叫び

Category:山岸凉子

ネジの叫び
1971年

赤い髪の少年(サンコミックス)』(朝日ソノラマ)
山岸凉子全集〈26〉天人唐草(あすかコミックス・スペシャル)』(角川書店)
自選作品集 わたしの人形は良い人形(文春文庫ビジュアル版)』(文藝春秋)
山岸凉子スペシャルセレクション〈14〉メタモルフォシス伝』(潮出版社)
に収録。



造船王の娘・セシルは同じ大学のジョージと結婚した。
しかしジョージは財産目当てでセシルと結婚しただけだった。
ある日、二人が乗っていたヨットが嵐で転覆する。ジョージは好都合とばかりにセシルを見殺しにするが…。


初期のホラー。財産目当てだった夫を死んだ妻が苦しめるというオーソドックスな幽霊復讐譚。
セシルは金持ちですが顔は不美人、性格は気弱で健気という、いかにも結婚後即殺されちゃいそうなキャラ。
この話、ジョージも当然悪いんだけど、セシルにもあんまり好感持てないなぁ…。ジョージも言ってるけど、毎日毎日時計のネジ巻くだけのつまらない人間だし…。金で夫の気を引こうとするし…。
キーワードの「時計のネジ」ですが、セシルが生きてるうちのネジのギリギリ音がもうすでにちょっと怖いです(笑)
「財産相続の書類にサインする直前のセシルを殺してしまった」というだけでも充分因果応報なジョージに、さらなる不幸が襲う!

おれは おれは
あの時計なんかもってこなかったはずだ
ましてあれがこの車に はいるはずが な……


ギリギリギリギリ

海草がべったりくっついてびしょ濡れのセシルが怖い!
 「車に入るはずのないものが入っている」っていう状況もけっこう怖い。物理的な恐怖を感じます。
ジョージと浮気してた「意地悪な美人」エリザベスが祟り殺されなかったのが意外です。あ、ジョージも死んではいないか。永遠にネジの音聞かされてるだけで。
でもよく考えたらセシルの幽霊は生前と同じく時計のネジを巻いてただけで、ジョージに直接危害は与えてないよね。ジョージが勝手に怖がって落ちただけだよね。

黒のヘレネー

Category:山岸凉子

黒のヘレネー
1979年

スピンクス(花とゆめコミックス)』(白泉社)
山岸凉子作品集〈9〉傑作集3 黒のヘレネー』(白泉社)
山岸凉子全集〈31〉黒のヘレネー(あすかコミックス・スペシャル)』(角川書店)
山岸凉子スペシャルセレクション〈8〉二日月』(潮出版社)
に収録。



「その女のまわりは 禍々しい黒いものでいっぱいだ!」

絶世の美女ヘレネー。彼女はいつでも美しく、素直で、微笑みを絶やさず、誰にでも優しく、そして誰からも愛された。
しかし彼女の美しさは知らず知らず周りを不幸へと導いていった…。


この話はすごい好きです。ヘレネーみたいな、その人の特殊な人間性にスポット当てて描かれた話って面白いのが多い。
ギリシャ神話のトロイア戦争という題材をここまで「いるいるこういう人!」と思わせるリアルな人間の物語へと変貌させるなんてすごいなー。

家にいても外に出ても賞賛の嵐を浴びるヘレネー。でも生まれつき美しく素直だったヘレネーにとってはそれが当たり前。誰に褒められても別に今さら嬉しくありません。
そんなヘレネーが唯一苦手とするのは姉のクリュタイムネストラ。不美人な上に陰気で、おまけにひねくれ者。だから家族からも冷たくあしらわれる。そしてなぜかいつもヘレネーを恨みがましい目で見るのです。

ヘレネーのように姿形が美しければだれからも愛される
ならば素直でいることも簡単なもの
誰からも愛されず 醜いと後ろ指さされるからこそ
ひねくれもするし 意地悪くもなるのに


ヘレネーはいつも退屈。何をやっても美人だし愛されるし。
メネラーオスと結婚したら楽しくなるかと思ったけどやっぱりすぐつまらなくなったので、ギリシャの金銀財宝を持ってトロイアの王子パリスとかけおちしました。
妻を取られたメネラーオス王は怒ってトロイア戦争を起こしました。
パリスは死に、トロイアは陥落したしギリシャ側もいっぱい人が死にました。またヘレネーは退屈な日々に戻りました。でもまだ若く美しい自分に誰かが楽しいことをくれると信じています。

読む側からすると「わざとやってんだろおまえ」と言いたくなるような「無自覚の悪」のかたまりであるヘレネー。ヘレネーのせいで起きた戦争でクリュタイムネストラの幼い娘が生け贄にされたという話を聞いても優しく同情するだけ。

「まあ…なんと言っていいの。運が悪かったのですねえ。お気の毒だわ。
あなたはいつも運がお悪い。いつもご同情しておりましたの」

あんたのせいあんたのせい!

「おまえは身も心も真黒な女なのだ これ以上生きていてはいけない」

「殺してやる」じゃなくて「生きていてはいけない」なとこがいいですね。言い得て妙。
…ヘレネーからすれば「同情してあげたのに何故?」という気持ちなんでしょうけど。
「わたしがなにをしたというの」とか言ってるしね…。無自覚の人って厄介だ。

いやいや あたしがこんな気違いの手にかかって死ぬなんて
死ぬなんてうそ!
あたしにはもっと晴れやかな人生が 続くはず……


ドリーム』の丹穂生さんと気が合いそうですね。
しかし周りからは「素直で優しくて無欲だ」と言われるヘレネーの「黒さ」に気づく人と気づかない人の違いは何なんだろう? 戦後の会話からしてメネラーオスは薄々気づきかけてる気がする(笑)
丹穂生さんの性質も旦那さんは気づいてたしね…。

私はこのヘレネーという女、萩尾望都の『メッシュ』に出てくるポーラっていうキャラと重なるんです。
このキャラも愛想良くて優しくて誰からも好かれる美人なんですが、人の言うことはすべて聞き流し忘れ、うっかり人殺しても全然気づかないで「お気の毒だわ」とか言ってニコニコしてるというすごいキャラだった…(萩尾先生のお姉さんがモデルという噂あり)。


*****

本編とはあんまり関係ないですが、冒頭のギリシャ神話「パリスの審判」
「三女神のうち誰が最も美しい女かを決めようとする対立勃発
→三女神、審判に買収するためにすごい貢ぎ物を約束する
→最も美しい女(ヘレネー)を与えることを約束した女神が優勝した」
ってなんか矛盾してるような…。最も美しい女に選ばれるために最も美しい女出してどうする、みたいな。
まあ女神と人間の美人コンテストは別枠なのかも知れないけど…。でもヘレネーも父親ゼウスだから半分は神だけど…。…ギリシャ神話はよくわからん…。

メディア

Category:山岸凉子

メディア
1997年

押し入れ(AmieKC)』(講談社)
押し入れ(KCデラックス)』(講談社)※上の復刻版ですが、エッセイマンガ「マイブーム」はなぜか収録されてません。
に収録。



「日本の子殺しは 女が母親役にしがみついた時おこるのです」

有村ひとみはバイトに就職活動に忙しい短大2年生。
夫に不倫されている母親はひとみを溺愛し、ひたすら尽くそうとする。
そんな家から自立しようと努力するひとみだが、母親の溺愛が悲劇を招く。


すごく怖い話です。読後感の悪さはかなりのもの。
夫に捨てられた代わりに、娘にどこまでも執拗にすがりつく母親…。この母親の容姿が普通の中年太りのおばさんなのが逆に怖いのです。ひとみの夢の中で人面魚(シーマン!?)になってるシーンとか、山岸作品の中でも屈指の気持ち悪さ!

「お母さん あんたのためなら どんなことでも我慢できるんだから」

自分にベタベタとすがる母を正直疎ましく思いながらも、夫に裏切られた母に冷たくできないひとみ。「お弁当作ってあげる」を断りきれなかった時の暗い表情が印象的でした…。
この母親はお弁当作りも夫と離婚しないのも、ひとみのためとか言っておきながら結局すべて自分のエゴなんだよなぁ。
自分なりに自分の将来を模索し、ひそかに留学の計画を進めていたひとみですが、それが母にばれてしまいます。「2年で帰ってくる」というひとみの言葉に、泣く泣く留学を許してくれた母。
しかし出発の2日前…。

「ごめんね ごめんね。
お母さん ひとみに捨てられるの たえられないの
ごめんね」


血の涙を流す鬼のような顔が怖い!
一生懸命自分の将来を考えてたのに母親のエゴで殺されてしまうひとみが本当に可哀想…。
冒頭でメディアの話を聞いたひとみが「あたしなら我が子を殺さず心変わりした男のほうを殺すなあ」と言っていただけに悲しい。

ところで、母がひとみを刺してしまう場面の描き方はすごいと思います。刺す場面っていうか、刺すまでの経過が。
ひとみが留学してしまうことを知ってすぐに殺してしまう…ではなくて、ひとみの留学を許して、もうあと2日で出発しますってとこで「梅干しなんか持っていかないの?」とか言っておいて次のシーンでいきなり刺すっていう。この緩急のつけ方、山岸先生というお人の恐ろしさを感じました。
『舞姫』の千花ちゃんも、ああなってしまう寸前のシーンではむしろちょっと回復しかけてるように見えたじゃないですか。(まさかあの後ああなるとは思わなかった!)
「死」を実行することを決めた肝心の場面が描かれてない、最悪の事態が起きるまでの間に何があったのか?何を考えていたのか?ってのがよくわからないところが現実っぽくて怖く感じるのだと思います。ほんと山岸先生は死と恐怖を描くのが上手いよ…。

常世長鳴鳥

Category:山岸凉子

常世長鳴鳥(とこよのながなきどり)
1985年

時じくの香の木の実(あすかコミックス)』(角川書店)
山岸凉子スペシャルセレクション〈7〉常世長鳴鳥』(潮出版社)
に収録。



あんたなんて あんたなんて 早く死ねばいいのよ!

美しく病弱な姉をもつ中学生の雪影(ゆきえ)は、幼い頃から姉・花影(はなえ)を憎んでいた。
家族の愛、自分の将来、好きな人まで奪われそうになった雪影は、ある行動に出る…。


美しい姉・花影は冒頭からいきなり川にはまって死んでます。そこから始まる雪影の回想。
山岸先生お得意の姉妹因縁ものです。家族から心配され愛される花影。健康体ゆえに家族からほっとかれる雪影…。
瑠璃の爪』の複雑な愛憎模様に比べたらだいぶシンプルな「恨み」一直線のストーリーとなっていますが、その分「不美人で健康な妹(設定だけに留まらず、実際に不細工に描くとこが山岸先生のすごいところだ;)」の行いの恐ろしさが際立ちます。
わざと花影を階段で転ばせるとか、鳥の羽散らしてわざと喘息を起こさせるとか…この度を超えた嫌がらせがホラーじみてて怖い! しかも誰にもバレないように実行するという狡猾さ。

黒のヘレネー』のクリュタイムネストラ(この人は不美人な姉)が言っていたように、人の性格は周りの態度や言葉によっても作られていくのだ、ということを山岸先生は作品でたびたび語ります。
性格の悪い雪影だって昔は普通にいい子だったはず。両親や祖母が花影ばかりを可愛がり、雪影を顧みなかったせいで、雪影の心はどんどんねじくれていったのです。
一方家族に大事にされて育った花影はおっとり優しいお姉さんで、雪影に怒鳴られても謝るだけ。妹に憎まれる姉が必ずしも性格悪いわけではないのも山岸姉妹系作品の特徴だなあ。
ちなみに花影は意味もなく綺麗な着物姿を披露します。ぶち抜きで。

雪影の憧れの先輩と花影が親しくなってしまったことで、雪影の怒りはとうとう頂点に。
やっぱり引き金は色恋沙汰なんですね。

なによ! なにもかも一人占めするつもり!?
あんたは何だって持ってるじゃない!
あたしの分も何もかも全部あんたが取ってったんじゃない
半分死んでるくせに なんだってそんなに欲ばりなの!


憤怒の形相で花影の半衿をズタズタに切り裂く雪影が怖い。
この後花影は雪影に川に突き落とされ、冒頭につながるわけですが…。証拠さえ出てこなければ過去の「バレない嫌がらせ」と同じく完全犯罪になるとこでした。おっかねえ。
「あたしは健康だし頭がいい」という、自分のなけなしの長所を並べ立る雪影…。切ないですなあ…。

ラストの、ニワトリの血にまみれながら満面の笑みで花影の着物を着てみる雪影がすげー怖い!

わたし これからお姉ちゃんのぶんも うんと親孝行するわ
お母さん達も気がつくと思うのよね
あたしがお姉ちゃんより ずっとずっといい子だということに

イシス

Category:山岸凉子

イシス
1997年

ツタンカーメン〈4〉(希望コミックス)』(潮出版社)
イシス(潮漫画文庫)』(潮出版社)
に収録。



王の座に着いたオシリスは、妹のイシスと結婚させられる。しかしイシスは不気味な白髪と不思議な力を持っていたため、オシリスは彼女を厭う。
一方、オシリスの双子の弟であるセトはオシリス暗殺を企んでいた。


エジプト神話の登場人物・最強の魔術の女神であるイシスに焦点を置いたお話。原話が神話のせいか、妙に登場人物に感情移入しにくい上に好感も持てない作品。
特に、神話でのオシリスさんは普通にいい人なんですが、山岸版のオシリスはイシス無視の浮気者のいいとこなし。イシスはそんな夫に健気に尽くしてるけど、こいつのどこが好きなんだろう…。最大の疑問。
初夜なのに愛人ネフティスの所へ行ってしまったオシリスを待つイシスは『日出処の天子』の大姫のよう。

妻・ネフティスを寝取られた恨みからオシリスを殺してバラバラにして捨てるセト。殺人&死体損壊&死体遺棄です。でも死者蘇生の能力を持つイシスがオシリスを生き返らせます。
神話では謎の魔術でパパッと蘇生させてしまったイシスですが、山岸版ではそれなりに魔術の説明がされます。イシスの若さ全てとその辺にいた悪人の肉の分子を引き換えに、一瞬だけオシリスが生き返る…って、割に合わねー。

生き返ったはいいけど今すぐにも再び死にそうなオシリスに愛人ネフティスをあてがって「さあ! 子供を作るのよ」ってイシスさん…!
半分死人のオシリスとネフティスのベッドシーン(じゃない、棺シーン?)は何だか鬼気迫るものがあります。そんなわけわからん状況に置かれたらそりゃーネフティスも発狂するよね…。
オシリスはやることやった(というか、やらされた)後に再び死亡。その肌はまるで乾燥しているかのようにカサカサになっていました。それがエジプト最初のミイラになったそうな。

ちなみにオシリスを惨殺したセトは王にはなったものの、オシリスの呪いか子供が一人もできず、おまけに稚児趣味だったため、成長したオシリスの息子・ホルスに毒殺されましたとさ。
神話のセト様の悪役っぷりはけっこう好きです。

ねむれる森の…

Category:山岸凉子

ねむれる森の…
1974年

ティンカー・ベル(サンコミックス)』(朝日ソノラマ)
山岸凉子作品集〈8〉傑作集2 ティンカー・ベル』(白泉社)
山岸凉子全集〈29〉ダフネー(あすかコミックス・スペシャル)』(角川書店)
に収録。



リュシアンは、婿養子に入った友人・レイモンに招待され、レイモンの住む古城にまでやって来た。
しかしそこにはレイモンはおらず、城にはレイモンの妻であるヴェルヴェヌと醜悪な老婆しかいなかった。リュシアンはその城にしばらく滞在することにするが…。


初期のホラー作品です。あちこちに置かれた彫像、家を留守にしたまま行方知れずのレイモン、謎の老婆、美しいヴェルヴェヌ…。かなり王道ホラーです。
「彫像だらけの地下道」ってのもかなり怖いんですが、この話はヴェルヴェヌと結婚したレイモンの立場で読むのが最も怖い。
成人男性であるレイモンが枯れ果てた老婆のように変貌してしまっていた…とか、どんだけの恐怖を味わったらそういうことになるのさ! しかも親友であるリュシアンが、変わり果てた全然自分に気づいてくれないっていうのもコワイ。必死に大学時代の時計を見せつけるレイモン。泣けます。

地下道の彫像の群れに押し潰されそうになったリュシアンが目にする「天窓からこちらを見つめるヴェルヴェヌ」の顔がマジでいっちゃってて恐ろしいです。
そういえばこの作品は恐怖の対象が心霊的なものでなく「殺人鬼」という人間なんですね。
タイトルの「ねむれる森の…」は、地下道にヴェルヴェヌそっくりの殺人人形(鉄針装備)が横たわっていたからです。

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柿丸

柿丸
文化人類学的観点からマンガを研究したいただのマンガ好きです。データ収集が趣味。
ジャンプ歴10年でしたが2016.3に一旦卒業しました。
マンガの感想は基本的にネタバレです(どうせ古いマンガしか感想書かないので)。

【新刊追ってるマンガ】
アオイホノオ
おいピータン!!
大奥
カルバニア物語
きのう何食べた?
海月姫
たそがれたかこ
トクサツガガガ
ドリフターズ
ドロヘドロ
HUNTER×HUNTER
etc.