裏次元の一日

マンガ・アニメを研究したり分析したり考察したりしてなかったり。

天人唐草

Category:山岸凉子

天人唐草
1979年

天人唐草(サンコミックス)』(朝日ソノラマ)
狐女・天人唐草』(小学館)
山岸凉子作品集〈10〉傑作集4 夏の寓話』(白泉社)
山岸凉子全集〈26〉天人唐草(あすかコミックス・スペシャル)』(角川書店)
自選作品集 天人唐草(文春文庫ビジュアル版)』(文藝春秋)
山岸凉子スペシャルセレクション〈5〉天人唐草』(潮出版社)
に収録。



「ぎえ──っ!」「ぎえ──っ!」

頑固で古風な父と貞淑な母を持つ岡村響子は、子供の頃から「慎みのある素晴らしい女性」になるように厳しくしつけられた。
特に、誇りに思う父の指示は響子にとって絶対だった。父の希望に応えようと精一杯務める響子だったが、父の言うことを聞けば聞くほど響子は、失敗を極度に恐れる自主性のない人間になっていった。


響子:主人公。他人の評価を異常に気にする気弱な女。自虐的。
青柳:会社の1個上の先輩。響子とは対称的な強気で色っぽいギャル。
新井:大卒のイケメンエリート。響子&青柳の憧れの的。
佐藤:中卒のチャラ男。ヘラヘラしているが能力は高い。

山岸凉子ファンでない人も語ることが多い傑作トラウマ短編です。
娘を「慎み深い、でしゃばらない女性」にしたい古武士のような父親の言うことを真に受けた結果、人生を狂わされた響子の物語。
子供の育て方に正解なんてない。でも、響子の両親の子育てだけは絶対間違ってる!と言い切れる…!
厳しいしつけ(お客様にきちんとご挨拶なさい、など)→響子ちょびっと失敗する→親フォローなしor叱責→響子二度とやり直せずどんどん自信失う…。
わあ、「褒める子育て」ってほんと大事なんだね!

失敗は恥ずかしいことではないと だれも教えてくれはしなかった
失敗をおそれる彼女は もう一度やりなおすということができない子どもになっていた


高校生の響子が隣の席の男子との教科書の貸し借りに失敗して以来、「無関心を装う」道を選んでしまうところ、すごくリアルです。私もそんなだったなー。

会社に勤めだした響子は、エリートで男らしい新井に憧れるが、「女としてのつつましさ」という大義名分に隠れて特に何もしない。一方、イケイケギャルの青柳さんはどんどん新井にアタックしていくのだった。
ある日、会社のおじさんたちに「お茶がちょっとぬるい」と言われ、さらに「叱責に敏感すぎてやりにくい」という陰口を聞いてしまった響子は泣いて帰る。そこに偶然佐藤が通りかかる。

「あんたさあ みえっぱりだよなあ」
「み…みえっぱり!? あ…あたしのどこが!!
あたし みえっぱりな女にはなるまいと心がけて来たはずです!
あなたみたいな人に何がわかるの!
ううん…だれもだれも あたしのことなんかわかってくれない
お…お茶ひとつ満足にいれられない女だって…
だけどあたしは一生懸命やってる! 一生懸命……! だけどだけど うまくやれない!
そこらへんのこんな小さな子どもにでも 簡単にできることがあたしにはできない!
その苦しみが あなたなんかにわかってたまるもんですか!」


「だ…だからさ ぼくがいったことはそれなんだよ
うまくやれないってことが なんでそんなに大変なことなんだい?
『なんでもうまくやれるすばらしい女だ!』と あんた言われたいんだよね だれかに…
『だれかにそう見てもらいたい』それが“みえ”なんだよ
他人の目を…他人の評価を気にし過ぎるんだよ」


佐藤さんはいい人だなあ…。佐藤さんとか調子麻呂とか井氷鹿とか、山岸作品の糸目男キャラは好きなキャラが多いです。まあ個人的に一番いい男はシビなんですけども(青青の)。

この作品の何が切ないかって、響子は社会に出てから何度か、自分を変えるチャンスがあったんですよ! 佐藤さんという「救済役」だっていた。なのに「理想の男性像からかけ離れてる」という理由で効果半減…。
他の作品だとこういう時、主人公はハッとなって、少しずつ変わっていくじゃないですか。この作品にはそれがない。珍しく救済失敗してるお話なんですね。もー。響子の男性観がおかしいからこういうことに。

ある日、響子の父が愛人宅で急死する。初めて見る父の愛人は、派手で下品で色っぽいおばちゃん。父が響子に「こうあってはいけない」と言い続けた女性そのものだった。
娘には勝手な理想像を押しつけ続けたくせに、自分が男として求めたのはその正反対のものだった…という強烈なオチで終わるのかと思いきや、傷心の響子は帰り道で変質者に襲われ、とうとう発狂します。山岸先生はいつも容赦ないです。

冒頭につながる最後のシーン…。フリッフリのドレスに身を包み、髪を金色に染め、「ぎえーっ」と奇声を発する響子の姿。あーあ。
最後の響子の「髪を金髪にする」ってのは、現代だとそうでもないけど、髪を染めるのがまだテレビの中の芸能人だけだった時代だということも考えて見ると響子がいかに向こうの世界に行っちゃったのかがわかりやすいです。

タイトルの「天人唐草」は、イヌフグリ(犬の睾丸の意)という花の名前を口にした響子が下ネタ嫌いの父に激怒されて以来その名前を封印し「天人唐草」という綺麗な呼び名の方を使うようになったというエピソードから。鬱。

そういえば、久世番子の被服マンガ『神は細部に宿るのよ』に
パーティードレスがさり気なく「天人唐草」な人が出てきて面白かったです。

死者の家

Category:山岸凉子

死者の家
1988年

奈落 タルタロス(あすかコミックス)』(角川書店)
山岸凉子スペシャルセレクション〈9〉鬼子母神』(潮出版社)
に収録。



「奥さんに離婚の話してくれるの? 奥さんにすぐ話してくれる?」

美佐の母は夫の不倫で苦しめられ続けたまま、若くして病死した。
数年後、美佐は勤め先で出会った正志という男性と交際を始めるが…。


もういくつめかの不倫もの。
「ママの家系は代々不幸な結婚をする女性が出る」と生前の母に聞かされていた美佐。
父とその愛人を疎み家を出た美佐は、会社で出会った男性・正志と初めての恋をします。

ママ わたしすごく好きな人ができたの
お願い 見守っていてね


ルンルン気分で位牌に話しかける美佐。
しかし正志には実は妻と幼い娘がいたのだった!
問いつめられた正志は必死で「きみを騙すつもりはなかった」「女房とはとうにだめになってた」「妻とは別れるから」という、お約束の台詞を口に出します。山岸作品の不倫ものに出てくる男って嫌いだわー。
美佐は彼の奥さんと娘を昔の母と自分に重ねて苦しむものの、結局別れを切り出せずにお決まりのコースへと…。一度はさようならって言えてたのにね。

「本当に奥さんと別れてくれる?」
「ああ! きっとそうする」
知らなかった…! わたし ものすごく愚かな女だったんだ

ある晩、美佐は母が地獄にいる夢を見る…。

パパに苦しめられたママがどうして地獄にいるの
ママは天国にいなくちゃ ママは何も悪い事していないんだもの
わたしがしてるから? ママの娘のわたしがこんな事をしてるから?
ママと同じ立場の女性をわたしが苦しめているから
娘の罪でママは地獄にいるのね


ほんとに山岸作品の不倫ものって「山岸先生…過去になんかあったんですか?;」って聞きたくなってしまうものばかりだなぁ…。
このへんの「不倫する者と不倫される者の立場が入れ替わる(一人の女がどちらも経験する)」というネタは『貴船の道』でもやってましたね。あっちはハッピーエンドだったけど…。未婚なら愛人になり結婚すりゃ愛人作られる山岸不倫ものの女たちの明日はどっちだ。

美佐は「もうこんな生き方はしない。このままじゃ一生浮かばれない。きっと別れられる…」と思いながらも彼と別れることができないままズルズルと関係と続けちゃいます。
最初は初々しいカップルだった二人も、最後のページでは情事の後のベッドで「ねえいつ奥さんと別れてくれるの」というお約束な会話をする典型的な不倫カップルへと変貌を遂げてしまうのでした。
前半の読んでてたるいウキウキラブシーンは後半で叩き落とすための前フリだったんですね…。
からくりサーカス黒賀村編のラブコメ状態からのゾナハ病感染展開みたいな落とし方だ…。(←読んだことある人にしかわからない例えですいません)

鏡よ鏡…

Category:山岸凉子

鏡よ鏡…(旧題:星の運行)
1986年

鏡よ鏡…(ぶ~けコミックス ワイド版)』(集英社)
自選作品集 シュリンクス・パーン(文春文庫ビジュアル版)』(文藝春秋)
山岸凉子スペシャルセレクション〈7〉常世長鳴鳥』(潮出版)
に収録。



鏡よ鏡 この世で一番美しいのは誰……

14歳のママは美人女優の羽深緋鶴。しかし雪はママに似ても似つかぬニキビ面で「子豚ちゃん」と呼ばれるほど丸々と太ったいじめられっ子だった。
ママのような美人に生まれつかなかった自分に落ち込みつつも、ママを誇りに思っていた雪だったが…。


山岸作品の一ジャンル「母娘」が、恐らく最も濃く描かれた作品。
少年マンガではしばし「父親と息子が敵対する」という構図が出てきますが、女のマンガの世界にも「母と娘はある意味ライバルなのだ」ということをテーマにした作品が昔からあります。代表的なのは一条ゆかりの『デザイナー』あたり? 他の山岸作品だと最近の『ヴィリ』がありますね。
心理学用語でいうとエレクトラ・コンプレックスというらしいです。エディプス・コンプレックスと同じくギリシャ神話由来。同性の親子の対立はギリシャ神話の頃からのテーマなのです。きっと。

7人の恋人にかしずかれる、若く美しいママ。
一方娘の雪は学校ではいじめられ、家ではママにほぼ無視される日々。
自分のルックスを悲観しているわりには、諦めずにしっかりパーマかけてオシャレして「しぐさ美人」まで目指してる雪ちゃんの向上心(?)が好きでした。

ママに「食べ方がまるでブタ」ときっついことを言われ、脂性の父親のことを聞かされた雪は自分は一生みにくいあひるの子のまま終わるのかと絶望しますが、ある日現れた、母の8人目の恋人である紳士は、雪はママにそっくりだと言います(この紳士実はママの昔の恋人なのです)。

「きみもそのうちママのようなすごい美人になれるよ。その気になればね」

しかし紳士と会っていたことがママにばれ、ママ大激怒。
娘に対して初めて真剣にぶつかってきたママは、マシンガンのように毒を吐きます。それは雪が想像もしていなかった「嫉妬」の言葉…。

「おまえが育てば育った分だけ
私はおまえに若さを奪われていくんだ」


ママが あの美しいママが この太って笑い者の私を嫉妬している
というより 私の若さに嫉妬している


緋鶴ママ、絶世の美女で恋人もわんさかいるのにすごい余裕ないです。実の娘に嫉妬する女…。

その後いろいろあって雪は壮絶なダイエットの後、ママのようにスラリとした美少女に変身します。二代にわたってロリコン紳士にプロデュースされる親子。
そして最後ではなんと雪ちゃんはアイドル歌手としてデビューしてしまいます。ええー。
正直せっかく凄味のあるエレクトラコンプレックス物語だったのに、最後の最後でなんか安っぽい印象になったなーと思ってしまった。
まあでも「美人女優」の母のライバルとしては打倒なポジションですよね。アイドル。この二人、テレビ局の廊下とかですれ違ったら乱闘騒ぎになりそうだ(笑)
ていうか紳士のプロデュース能力半端ないな…!

このお話は『白雪姫』が題材となってますが、「民話を題材としたフィクション」というにはあまりにもそのままというか、元ネタの白雪姫もこの『鏡よ鏡…』も話の根本は変わってないと思います。白雪姫も「実娘に嫉妬する母」という要素は元からあったし、白雪姫やシンデレラで母親が娘に殺されるのは女神の世代交代を表すものか、という説もあるくらいですから(シンデレラはシンデレラが実母を殺すパターンもあるんです)。
母と娘の世代交代って椎名林檎の「歌舞伎町の女王」を思い出すなぁ。

この作品でちょっと疑問なのは「神秘的なまでに美しいママ」である羽深緋鶴さんが絵では何故かそれほどの美女に見えないってとこですかね…。『鬼来迎』の奥様か『八百比丘尼』の人魚レベルの美人さんに描いてあげればいいのに、なんでこんなにオカマ顔なんだろう…。 

メディア

Category:山岸凉子

メディア
1997年

押し入れ(AmieKC)』(講談社)
押し入れ(KCデラックス)』(講談社)※上の復刻版ですが、エッセイマンガ「マイブーム」はなぜか収録されてません。
に収録。



「日本の子殺しは 女が母親役にしがみついた時おこるのです」

有村ひとみはバイトに就職活動に忙しい短大2年生。
夫に不倫されている母親はひとみを溺愛し、ひたすら尽くそうとする。
そんな家から自立しようと努力するひとみだが、母親の溺愛が悲劇を招く。


すごく怖い話です。読後感の悪さはかなりのもの。
夫に捨てられた代わりに、娘にどこまでも執拗にすがりつく母親…。この母親の容姿が普通の中年太りのおばさんなのが逆に怖いのです。ひとみの夢の中で人面魚(シーマン!?)になってるシーンとか、山岸作品の中でも屈指の気持ち悪さ!

「お母さん あんたのためなら どんなことでも我慢できるんだから」

自分にベタベタとすがる母を正直疎ましく思いながらも、夫に裏切られた母に冷たくできないひとみ。「お弁当作ってあげる」を断りきれなかった時の暗い表情が印象的でした…。
この母親はお弁当作りも夫と離婚しないのも、ひとみのためとか言っておきながら結局すべて自分のエゴなんだよなぁ。
自分なりに自分の将来を模索し、ひそかに留学の計画を進めていたひとみですが、それが母にばれてしまいます。「2年で帰ってくる」というひとみの言葉に、泣く泣く留学を許してくれた母。
しかし出発の2日前…。

「ごめんね ごめんね。
お母さん ひとみに捨てられるの たえられないの
ごめんね」


血の涙を流す鬼のような顔が怖い!
一生懸命自分の将来を考えてたのに母親のエゴで殺されてしまうひとみが本当に可哀想…。
冒頭でメディアの話を聞いたひとみが「あたしなら我が子を殺さず心変わりした男のほうを殺すなあ」と言っていただけに悲しい。

ところで、母がひとみを刺してしまう場面の描き方はすごいと思います。刺す場面っていうか、刺すまでの経過が。
ひとみが留学してしまうことを知ってすぐに殺してしまう…ではなくて、ひとみの留学を許して、もうあと2日で出発しますってとこで「梅干しなんか持っていかないの?」とか言っておいて次のシーンでいきなり刺すっていう。この緩急のつけ方、山岸先生というお人の恐ろしさを感じました。
『舞姫』の千花ちゃんも、ああなってしまう寸前のシーンではむしろちょっと回復しかけてるように見えたじゃないですか。(まさかあの後ああなるとは思わなかった!)
「死」を実行することを決めた肝心の場面が描かれてない、最悪の事態が起きるまでの間に何があったのか?何を考えていたのか?ってのがよくわからないところが現実っぽくて怖く感じるのだと思います。ほんと山岸先生は死と恐怖を描くのが上手いよ…。

鬼子母神

Category:山岸凉子

鬼子母神
1993年

黒鳥 ブラック・スワン(白泉社レディースコミック)』(白泉社)
黒鳥 ブラック・スワン(白泉社文庫)』(白泉社)
山岸凉子スペシャルセレクション〈9〉鬼子母神』(潮出版社)
に収録。



愛という名で飲み込まれた子供は 自分の真の姿にいつ気がつくのだろうか

ごく平凡な家庭に生まれた瑞季。しかし瑞季は「悪魔」で、双子のは「王子様」だった。
さらに、は「菩薩様」で、は「表札」だった。


この話はすごい好きです! お気に入り山岸作品のトップ10に入る。
生まれながらの「悪魔」である瑞季が「菩薩様」に叱られる「王子様」の汗を袋に集めたり、「表札」がゴルフに行ったりと、一見シュールなギャグのような絵面ですが、描かれるのはそれは歪んだ家庭。
瑞季の目だけに見えるメルヒェンな家族像を通して描かれる母と兄(名前出てこない)、母と父、そして母と瑞季…。この描き方はほんとにすごい。

「菩薩様」に溺愛される兄はピッカピカの「王子様」。「菩薩様の裏の顔」に睨まれる瑞季は「悪魔」。兄との愛され方の違いに少々グレてしまった瑞季ですが、ママの王子様であろうと過剰に頑張る兄より絶対マシ。この作品で一番可哀想なのは多分お兄さんだなあ…。

「気を抜いてはだめよ。良い大学へ行けないとパパのように苦労しますよ」
「ちょっと調子が悪かっただけだよ」
「わかってるわ。これがお兄ちゃんの本来の力じゃないことぐらい」

「お兄ちゃんは几帳面なのに あんたは女の子のくせにだらしなくて ママ恥ずかしいわ」


テーマのわりにこの作品がスッキリ読めるのは、主人公・瑞季が最後まで母と兄に飲まれなかったからでしょう。
家ではダメ人間のように言われてても、学校では面白い奴として人気者だし、兄と比べて学力はないけど勉強はそこそこ要領よくて友達も多くてお笑い担当! この娘のおかげでこの作品は鬱々とした雰囲気にならずに済んでます。
途中から母の叱責にも開き直りだして、不良化しちゃったりして良いキャラ。山岸作品の主人公の中でもかなり好きです。普通にいい子なのに母と兄の瑞季の扱いひどすぎ。
母と兄に女としての自信をさんざん折られて可哀想でしたが、モヤシくん(名前出てこない)と出会ってその呪縛からも解放されたし、瑞季はほんとうまく家から出られたと思います。早めに家に見切りつけてよかったね!

不倫する夫に失望した母が、夫に代わって期待したものは息子でした。
母に溺愛され、甘やかされ、尽くされた「王子様」は、途中までは順風満帆の優等生でしたが、偏差値高すぎる高校に入った途端沈没し、家庭内暴力と酒に走っています。
一方、家を出て舞台女優として活躍する瑞季は、大人になった今ようやく気づくのでした。

夫に失望した母には それにかわるものが必要だった
それが兄だったのだ
失望が大きければ大きい分だけ 兄に対する期待は膨らんだに違いない
それゆえ兄は生まれながらにして王子だったのだ
弱さを認められず 負けることを許されない立派な王子(おとこ)!


悪魔も王子様も、母の目に映った姿だった。瑞季は最初から「悪魔」として見られていたおかげで、母の裏の顔に気づくことができた。
「王子様」として母の期待に応え続けて壊れた兄。酒浸りの王子様にまだ尽くす母…。やっぱり兄が一番可哀想だなあ…。自分より遥かにまともな生活をしてる瑞季を「不肖の妹」呼ばわりするあたり、未だに王子様健在だし。

瑞季の父への批判は、山岸作品に何度となく出てくる「男」への苦言。
妻に自分の母親がわりをおしかぶせ
永遠に子供のままで父親になれない姿がここにある


ここに出てくる「妻とセックスなんて近親相姦のようでゾッとする」と言った「某作家」が誰だかわかんないんですが。
瑞季はあんな歪んだ家庭の中にあっても唯一、いろいろな真実に気づいて自立した大人になれたんだなあと思うと、ほんとに瑞季よかったねとしか。しかし母と兄は将来どうなるのかな…。共依存してるよな…。

貴船の道

Category:山岸凉子

貴船の道(きぶねのみち)
1993年

黒鳥 ブラック・スワン(白泉社レディースコミック)』(白泉社)
黒鳥 ブラック・スワン(白泉社文庫)』(白泉社)
山岸凉子スペシャルセレクション〈8〉二日月』(潮出版社)
に収録。



いや! いやだ! あの女だけはいやだ! いやだ!

不倫相手・和茂の妻が病死し、晴れて結婚することができた真紀子
慣れない主婦業や、元妻の残した二人の子供とギクシャクするなかで、和茂にはまた別の愛人の気配が。元妻・晴美の苦しみを追体験する真紀子。
そして真紀子は晴美の幽霊を見るようになる。


山岸作品の不倫ものには珍しく、不倫相手の後添え(この言葉も古くさいですね)になれた女性のケース。同じく不倫ものの『月氷修羅』の朗子とはちょうど逆の選択をしています。朗子があのラストで結婚を受け入れていたらこんなかんじになっていたのかも…という見方もできるパラレル的な面もある作品。

「晴美さんより先に会っていれば和茂さんと結ばれたのはわたしだった」と思っていた元愛人・真紀子も、結婚してみれば再び和茂が別の女と会ってるかのようなそぶりに、今度は晴美と同じく「妻」として悩まされます。「二日続けて着たのにワイシャツの衿が汚れてない」とか、不倫経験者にしかわかんねーよ…。

これは天罰なのか わたしが以前やったことをやり返される
そして和茂さんは前と同じことを平気で繰り返すの!?


全体的に大人っぽい「男女の業」というテーマの中にも山岸先生らしい恐怖あり。うしろ向きのまま近づいてくる元妻とか、「チューリップの芽かと思ったら人の指だった」はかなり怖いです。

そうか 和茂さんは母親になってしまった妻には興味はなくなるのね
よく出てくるなー、この手の男。

“女の業”とは男の業によって呼び活けられるのだ
妻だけではあきたらない“男の業”によって
では古来から言うところの業の深いのは 女ではなく男ではないのか
いや そうではない 業とは男も女も等しく持っているものなのだ


結局和茂は本当に浮気してたのか、真紀子の思い過ごしだったのかはわからないのですが、最終的に破滅しなかったラストは不倫ものとしてはけっこう珍しい。
最後では草太くんも真紀子に懐いてくれたし、真紀子は山岸作品不倫界の勝者といえましょう。

スピンクス

Category:山岸凉子

スピンクス
1979年

スピンクス(花とゆめコミックス)』(白泉社)
山岸凉子作品集〈7〉傑作集1 スピンクス』(白泉社)
山岸凉子全集〈27〉クリスマス(あすかコミックス・スペシャル)』(角川書店)
山岸凉子恐怖選〈3〉千引きの石(ハロウィン少女コミック館)』(朝日ソノラマ)
自選作品集 ハトシェプスト(文春文庫ビジュアル版)』(文藝春秋)
山岸凉子スペシャルセレクション〈4〉甕のぞきの色』(潮出版社)
に収録。



その頃僕は魔女の館に住んでいた

「僕」は魔女の館に住んでいた。「僕」は真っ白な部屋に来る日も来る日も立っていた。
毎日毎日「スピンクス」がやって来て「僕」に質問をする。声も出ず体も動かせない「僕」は「スピンクス」に弄ばれる。


山岸作品は父親・娘の近親相姦を描いた作品はやたら多いですが、この作品は珍しく母親・息子の癒着を描いています。
「しゃべりたいのにしゃべれない」「動きたいのに動けない」「紙でできた食べ物を無理矢理食べさせられる」「ぐっしょり濡れた毛布」など、「僕」=アーチーの悪夢が本当に感覚的で気持ち悪い。

どぎつい顔に大柄な裸体、尖った赤い爪を持ったライオンという、アーチーの恐怖を具象化したような「スピンクス」として登場するのは彼の母親。ねめ回すような目つきがいやらしい。
スピンクスが作った紙人形がアーチーの体を舐め撫で回すシーンはかなり性的なイメージ。

恐怖と嘔吐しそうな嫌悪で一杯になりながら
僕は彼女に抱かれる

地獄だ地獄だ!
(それでも彼女の腕は暖かい)
声があるなら叫びたい 涙があるなら泣きだしたい
(それでも彼女の胸は暖かい)


後半は壁画の中(病院)。母親がスピンクスだったり病院がエジプト壁画だったり、アーチーの精神世界はエジプト仕様。
ある男の人が出てきてアーチーに優しく話しかけてくれるのですが、アーチーは恐ろしいスピンクスの言うとおり、その人を無視しなければいけません。
自分を助けてくれそうな男の人に感情が伝わらないことに心底悲しむアーチー。

「おまえが生きていけるのはここだけ。
おまえが生きていけるのは この私とだけよ」


淫らな母親と子宮の中の胎児、ドアの外の開かれた宇宙…の絵がなんかすげー!

この話は冒頭からアーチーの心地悪い目線でずっと進んでいたので、アーチーが優しい男の人・ブロンクス医師に気持ちを伝えることに成功するハッピーエンドでよかった!

「あのスピンクスはだれ?」
「あれはきみの愛情と憎悪 不安・混乱」
「なに? なんて言ったの」
「ううん きみの不安がああいった形で見えたんだよ」

あの陽光の中に時々かげって見えるのは あれは…
そうだ 今は少しもおそろしくない魔女……スピンクス


光溢れる、妙に爽やかな終わり方が印象的です(同じ近親相姦話でも父娘系はけっこう気味の悪いかんじで終わる作品が多い気がするので…)。

愛天使

Category:山岸凉子

愛天使(セラピム)
1977年

セイレーン(花とゆめコミックス)』(白泉社)
山岸凉子作品集〈9〉傑作集3 黒のヘレネー』(白泉社)
山岸凉子全集〈30〉愛天使(あすかコミックス・スペシャル)』(角川書店)
山岸凉子スペシャルセレクション〈8〉二日月』(潮出版社)
に収録。



「ぼく 天使しってるよ。あの池に住んでるんだよ。
夜になるとお星さまがキラキラ光る中をとんでくるんだよ」


大学へ通うため(という名目で)、母を捨てた父の新しい家庭に住み込むことにした水穂
水穂はその家の庭で、何故か離れに一人住む優樹という少年と出会う。


6歳の時から心を閉ざし、ものを見ようとも聞こうともしないがために天使のように邪気のない魂を持つ優樹。ひょんなことから優樹と会話ができるようになった水穂は、優樹の目に日常的に「天使」が見えていることに驚くのでした。

「なにに手をふってるの?」

「天使だよ。ほらあの窓の中に」

優樹の天使みたいな笑顔がカワイイ。同じ天使でも『幻想曲』の「気の狂った天使様」とはえらい違いです。
自分には心を開かずに水穂に抱きつく優樹を覗き見る奥様(優樹の母)の顔は般若のようですよ…。

「お医者さまがね こういうの。
母親の愛がたりない! 母親の不安定な精神が子供に反映するのだ! ……と。
あたしは優樹も広樹も緑もわけへだてなく愛したつもりよ。
下の方はふつうに育ったわ。なぜあの子だけが!
どうやったら……どうして愛してやったらいいのかわからなくなって……
それであの子のことは忘れたいと思うようになったのよ」


この奥様をただの悪役に終わらせず、心を病んだ子を持つ母の苦しみをちゃんと描いているあたり、さすが山岸先生です。

どうでもいいけど「愛天使」で検索すると「愛天使伝説ウェディングピーチ」ばっかり出てくる…。

赤い髪の少年

Category:山岸凉子

赤い髪の少年
1973年

赤い髪の少年 (サンコミックス)』(朝日ソノラマ)
山岸凉子全集〈31〉黒のヘレネー(あすかコミックス・スペシャル)』(角川書店)
山岸凉子スペシャルセレクション〈13〉妖精王3
に収録。



「なぜ彼のことをにんじんと呼ぶのです? 髪が赤いからですか?」
「あの子の心ときたら髪よりすごい色なんですのよ」

大学院生のエマニュエルは従兄の息子のステファヌと出会う。
「にんじん」と呼ばれるステファヌは母親から虐待を受けていた。


ジュール・ルナールの『にんじん』を元に描かれた作品です。
夫との不仲による苛立ちを息子にぶつける母親がひどい! ステファヌの失くし物をこっそり隠して「さがしておいで。見つけるまで家に入れませんよ」とか、楽しみにしてた芝居に一人だけ行かせないようにしたりとか…。
本当に実の母なのかと疑うほどの陰湿な虐待。暴力は振るわなくとも、こういうネチネチしたいじめも充分酷いですね。他に兄姉が二人もいるのに、なぜか末っ子のステファヌ一人が標的になっているあたり、リアルです。父親も何とか言ってやれよ…。

どうしてこんな目にあわなくちゃいけないんだ
ママはぼくが憎いんだ 憎いんだ!


大好きだったはずの猫を発作的に殺してしまい、「だれもぼくを愛してなんかいない」と泣きじゃくるステファヌを暖かく受け止めるエマニュエル。いい人です。目指せ『籠の中の鳥』でいうところの人見さんのポジション。
自分の悲しみを自分より弱い者(猫)にぶつけて殺してしまった今のステファヌと、ステファヌのママは同じなのだとエマニュエルは言います。

「悲しみや苦しみをうまく処理できない人っているんだよ。
きみはあのネコが好きだっただろ。だけどあのネコはきみをうらんじゃいないと思うよ。
きみの悲しみを知っていただろうから きっときみを許してくれてるよ。
ママだってきみを憎んであんなことをするんじゃないんだ。
こうせざるをえないんだよ。悲しい人なんだよ」


「ママのこと まだよく理解できないけど…
でも おじさんがぼくを愛しててくれるんだったら……
それだけをたよりにぼく やってみるよ」


小説の『にんじん』には、このエマニュエルおじさんという「救い」は出てこないようですね。
原作読もうかな。

ラプンツェル・ラプンツェル

Category:山岸凉子

ラプンツェル・ラプンツェル
1974年

ティンカー・ベル(サンコミックス)』(朝日ソノラマ)
シュリンクス・パーン(ロマンコミック自選全集)』(主婦の友社)
山岸凉子作品集〈8〉傑作集2 ティンカー・ベル』(白泉社)
山岸凉子全集〈29〉ダフネー(あすかコミックス・スペシャル)』(角川書店)
山岸凉子スペシャルセレクション〈11〉妖精王1』(潮出版)
に収録。



「マ ママン あたしはみにくいの?」
「そうよミケティ 外にでたらころされるわ」

植物学者のオクターヴは、塔の中に住む美しい少女ミケティと出会う。
ミケティは母親に「おまえは醜い」と言われ続けながら育てられていた。


山岸先生初期の親子愛憎もの。
初期なのでまだ絵は少女マンガしてますが、母親が娘に「おまえは醜い」という暗示をかけ続け、小さい頃から塔の中に監禁して育てる…というダークな設定はさすが山岸先生です。

「おまえをかわいいというのはママンだけよ。
おまえを愛しているから
ママンだけがおまえをかわいいといってだきしめてあげるのよ。
ほかのだれもおまえをだきしめてくれないのよ」


自分が世界で一番醜いと信じ込んでいるミケティ(ラプンツェル)の元にオクターヴ(王子さま)が現れ、「きみは本当は誰よりも美しいんだよ」と言って暗示を解いてくれるという比較的単純なストーリーながら、
昔、自分の婚約者を奪った美しい妹とミケティ(本当はその妹の娘)を重ね合わせ、「憎くてかわいい…あたしだけのミケティ」と愛憎入り混じった感情をぶつける母親の死に様はなかなかです。

美しすぎることは もっとも幸福になるか
もっとも不幸になるかの どちらかなのだから
あたしはそのどちらも おまえにのぞみはしない!
幸福になること…も!


オクターヴは「どこの世界に自分の子を醜いと言って育てる母親があるもんか。ミケティは妹さんの子なのですね」と言ってますが、今の山岸先生だったら産みの母親でも平気で描くと思います。
白雪姫の母親だって原話では実の母だし。

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柿丸

柿丸
文化人類学的観点からマンガを研究したいただのマンガ好きです。データ収集が趣味。
ジャンプ歴10年でしたが2016.3に一旦卒業しました。
マンガの感想は基本的にネタバレです(どうせ古いマンガしか感想書かないので)。

【新刊追ってるマンガ】
アオイホノオ
おいピータン!!
大奥
カルバニア物語
きのう何食べた?
海月姫
たそがれたかこ
トクサツガガガ
ドリフターズ
ドロヘドロ
HUNTER×HUNTER
etc.